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一番大切なもの
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握り締めるオレのトレーナーを、ゆっくりと腿の上に置いた懐里は、俯き肩を震わせた。
「ごめんね……、ごめん…っ」
下腹部を庇うように、指が這う。
懐里は、自分の腹の中へと向かい、謝罪を繰り返した。
筋が浮く懐里の手の甲に、オレは慌て立ち上がり、机越しにその手首を掴んだ。
「ダメだっ」
オレの言葉に、懐里は、涙に溺れる瞳を向ける。
「堕ろしちゃ、ダメだ」
念を押すように、押し留めるように、強く放たれるオレの声。
困ったように歪む懐里の瞳から、涙が零れた。
「懐里は、オレなんか好きじゃないって思ってたから。見合いだって、本当に仕事のつもりだったんだ。仕方なくしただけで、断られるように、何でもするつもりだった……」
なにも言わず、なんの相談もせず、オレは気付かぬうちに、懐里を傷つけていた。
腹を割って話していれば。
[運命の番]に、…Ωは、運命でしか恋愛が出来ないと諦め、失恋に怯え、騙すように腕の中に囲っていた。
懐里を守るなど傲ったコトを考えていなければ。
懐里を傷つけずに、ここまで追い込まずに、済んだのかもしれない。
「見合い断ったら、近衛家との関係も悪くなって、それで仕事失くしたら懐里のコト、傍に置けなくなるからっ。傍に居られなくなると思ったから…。離れなきゃいけなくなるから……。そんなの……、堪えらんねぇ…から」
いつも『おかえり』とオレを迎えてくれる懐里の姿が遠退いていく。
掴もうとするオレの手を擦り抜け、懐里が消えていく。
そんな陳腐な想像ですら、オレは息が出来なくなるほど、苦しくなる。
「邪魔だなんて…、迷惑だなんて思ったコト、1回もないっ。ありえねぇだろっ」
オレは、惚けるようにオレを見上げている懐里の頭を掻き抱く。
「だって、オレ………ずっと、好きなんだから」
運命に翻弄され。
第2の性に縛られ。
オレは、一番大切なものを失うところだった……。
驚いたように小さく息を吸い込んだ懐里は、ゆるりとオレに腕を回す。
触れたオレのシャツを、ぎゅっと握った。
放したくないと、捕まえたと、その手はオレに伝えてくる。
「決めた」
オレの言葉に、懐里は、そろりと顔を上げる。
怯えたような懐里の瞳が、オレを見やった。
「もう見合いもしないし、近衛の家も継がない」
「そんなの……。おれ、やっぱり」
言い切ったオレに、懐里は身体を離し、腹の上のシャツを握る。
懐里の横へと足を進め、オレは、ゆっくりとそこへしゃがみ込んだ。
「懐里が居なくなるのも、この子が居なくなるのも、オレは許さない」
睨むように見上げるオレの視線に、懐里は、困惑の色を強める。
「話してみないとわかんないのは確かだけど、なんとかする。懐里は、なにも心配しなくていいよ」
すっと伸ばした手で、懐里の頬に触れた。
擦り寄るように、顔を傾けた懐里は、拭いきれない不安をそのままに、小さく笑んだ。
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