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定められた道筋へ回帰する
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「これ。新しいマスク」
妃羅は、胸許に抱えていた包みを俺へと差し出した。
「あぁ、悪いな」
俺は、名刺を無造作に目の前のローテーブルに置く。
「データ、届いていただろ?」
俺のマスクには、小さなチップが組み込まれており、遮断率がデータ化され、自動で黒羽の元に届く仕組みになっている。
言葉を紡ぎながら、妃羅へと空いた手を差し出した。
俺の指先を追っていた妃羅の視線は、テーブルに置かれた名刺に留まっていた。
「いぬかい…、つや………」
片言のように名刺の名前を口にした妃羅の瞳に、ぶわりと涙が溢れた。
急な妃羅の涙に、息を飲む。
「艶、艶ちゃん…っ」
ばっとしゃがみ込んだ妃羅は、テーブルに置かれた名刺を両手で掴んだ。
まるで、縋りつくように、名刺に顔を埋めた。
「ごめん、ごめんね。艶ちゃん……」
妃羅は、名刺に向かい謝罪を繰り返していた。
何が起こったのかわからない俺は、妃羅の突然の挙動に、暫し呆然と見詰めていた。
ふと我に返った俺は、小さく妃羅の名を呼ぶ。
「妃羅?」
俺の声に気づいた妃羅は、はっと肩を震わせた。
涙に溺れた瞳を上げた妃羅は、何かを訴えるように俺を見やる。
「…思い、出したの」
ぎゅっと両手で名刺を握り締めたままに、妃羅は呟く。
「私の[運命の番]………」
涙塗れの瞳のままに、妃羅は、深く深く微笑んだ。
事件の全貌を思い出した妃羅は、ゆったりとした口調で、俺に話して聞かせた。
ここにいない[運命の番]を想い、届かない謝罪を繰り返していたのだ。
「あの時、艶ちゃんがくれた名刺…、きっと兄さんが隠しちゃったのね」
目許を真っ赤に染めながら、むすっと口を尖らせる妃羅は幼く見える。
自分のコトを思ってであろう黒羽の所業に、本気で怒れない様子だ。
「でも、思い出せた…。運命が導いてくれたのかな?」
名刺を見つめながら、嬉しそうに話す妃羅に、俺の胸は複雑な感情を抱く。
黒羽は、妃羅の状態を慮り、艶の影を直隠(ひたかく)しにしていた。
辛い記憶と共に封印したはずの運命は、ほんの少しの切っ掛けで、そこからするりと抜け出してきたようだ。
黒羽が遠ざけようと、記憶と共に封印しようと、予期せぬ場所から顔を出してくる。
運命とは、これほどまでなのか……。
名刺1枚。
那須田が直接、艶という人物から貰ったわけでもない。
巡りめぐって、妃羅の元に届いたのだ。
「艶ちゃん……、まだ、待っててくれるかな?」
握り締めたせいで、少しだけ拉げた名刺を優しく撫でながら、妃羅は不安を口にする。
「会いにいけばいい。思い出したなら、兄貴に遠慮する必要などないだろう。運命に従えばいい」
その名刺はお前にやると告げる俺に、妃羅は、ありがとうと微笑んだ。
冬峰の素行調査を行おうと行うまいと結果は同じなのではないか。
何時かは、出会ってしまう…そんな気がして、他ならない。
どんなに足掻こうと、結局は、運命に翻弄される未来しか、俺には見えなかった……。
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