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ドロップアウト
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俺は、少しだけ顔を想汰に近づけ、くんくんと鼻を動かした。
「確かに。あんまり想汰の匂いしねぇな」
俺は、想汰の首許をまじまじと見ながら、ぼそりと声を零す。
「懐里さんも着ければいいのに……」
幸理が、懐里が運命に拐われそうで怯えているコトを知っていた。
運命から逃れるコトができるなら、少しでも、運命を邪魔するコトができるなら、試す価値はあるのではないかと感じた。
「臨床試験の検体に申請したんだけどね。妊娠中でフェロモンの発生が弱いからって通らなかったんだ」
横から声を放ったのは、幸理だ。
先程まで話していた女性は、既に居なくなっていた。
「そっか。黒羽の専務に頼んでみようか? 帝斗さんなら、きっと通してくれると思うけど?」
首を傾げる俺に、九良が驚いたような声を挟んだ。
「お前、黒羽のコト、知ってんの?」
不思議そうに声を掛けてきた九良に、俺は頷く。
「ぁあ、近衛家と黒羽家で取引してるから。少し前に紹介されたけど?」
近衛家と黒羽家が取引しているコトは、世の中に知られている。
公然の秘密と言うヤツだ。
そんなに驚くコトでもないだろう。
「なんだよ。知ってたなら、もっと早く教えてくれりゃ良かったじゃねぇか」
こんな便利なもん…と、九良は、不服げに言葉を放った。
「俺だって知らなかったんだよ。紹介されたのだってつい最近で、まだ全部の情報が、頭に入ってる訳じゃねぇんだよ」
俺だって知っていたら、着けたかった。
そうすれば、儚との過ちだって、犯さなくて済んだんだ。
「未来のお偉いさんは大変だなぁ~」
小馬鹿にするように言葉を紡いだ九良は、九良家の跡継ぎという立場を、完全にドロップアウトした。
まだ第2の性別すら判明していない儚と俺の間に生まれた子供、刹那(せつな)に、九良家を継がせるつもりらしい。
「うるせぇ」
ふと、九良の視線が会場内を走った。
「なんかあいつ、艶の動画に出てきたヤツに似てねぇ?」
「ん?」
言葉に、想汰の視線も九良の瞳の先を追う。
「お前、近づくなよ」
ぽすんっと想汰の頭に手を乗せた九良は、忌々しげに男の姿を睨んでいた。
「何睨んでんの? てか、あいつって誰だよ」
何人もの着飾った大人たちが集まるこの場で、九良の視線が誰を捉えているかが、判断できなかった。
「宇波 統夜」
名を口にすることすら、苛立たしいと言わんばかりに、九良は顔を顰めた。
――ガシャンッ
大きな音の直後、リンゴの香が沸き立った。
床には、砕けたグラスとアップルジュースが広がっていた。
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