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18歳以上ですか?
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1. 毎朝の顔合わせ
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午前7時。
まだ少し夜の空気が残る冬の朝。
紀野 琴音(きの ことね)は、寒さに肩をすくめ、制服のポケットに手を突っ込む。
取り出したのは 琴音が愛用するタバコ。銘柄はメビウスの6㍉。
箱は非常に軽い。目線だけ落として、中を覗く。
「………ち。」
あと1本しかないのを確認すると、琴音は小さく舌を打つ。
少し迷った挙句、最後の1本を口に咥え、ソフト派の琴音は空になった箱をくしゃりと潰して、ポケットにねじ込んだ。
オイルがほとんどないライターを何度かカチカチと鳴らし、ようやく着いた火を、タバコに移す。
巻紙がゆっくりと燃え広がって行くのを細目で眺めながら、冷たい空に向かって息を吐き出す。吐き出した息は白い糸のようになり、ゆらゆらと揺れて、昇っては消える白煙を、琴音はぼんやりと見つめていた。
琴音は現在18歳で、高校に通っている。
中学の時、友人の影響でタバコを初めて吸い、その味に惹かれ、今日に至る。
勿論言うまでもなく違法であるから、家では家族に止められるようで、
こうして毎朝学校に行く前に、この公園で一服二服してから、登校することにしているのだ。
公園といっても、遊具はなく、少し歩ける遊歩道と僅かなベンチ、中央に粗末な噴水があるだけの空間であまり人は来ない。
そのため、ゆっくりタバコを味わえるこの場所が琴音のお気に入りの喫煙所だった。
最後の1本をフィルターギリギリで吸い終わる頃、人が歩いてくるのに気付いて、慌ててタバコの火を消す。
灰皿の前で立ち止まったのは、琴音(175cm)より、少し身長の高い男だった。
すらりとしていて、黒のスーツを上品に着こなすサラリーマン。という雰囲気で、同性の琴音から見ても、顔立ちはかなり整っていた。
琴音は軽く会釈をする。それに少し遅れて、サラリーマンもぺこりと頭を下げた。
顔を見るのは初めてではなかった。1ヶ月前程から、この喫煙所で度々見かけるようになり、決まってこの時間であった。
寒さに動けないでいるふりをしながら、横目でちらりと窺う。
癖の一つもない、黒いさらさらの髪。 長めの前髪から覗く長い睫毛と、切れ長の目。
髪で見え隠れする耳には、控えめなピアスがひとつ。タバコを取り出し、火を着けるという単純な動作の中に垣間見得る繊細な指遣い。
いわゆる完璧な男とはこういう男を指すのだろうと、琴音は思った。
「………。」
吸って吐いて、たまに灰をとんとん、とすること数回。
その一連の動作をぼうっと眺めていた琴音は、サラリーマンがタバコを灰皿に落としたのを合図に我に返った。
「…君、タバコ無いの?」
初めてその口から発せられる声に、琴音は一瞬びくりと肩を跳ねさせる。
思わず顔をあげると、目が合った。
「…、… えと。」
自分に向けられた整った顔に、戸惑いつつも、なんとか言葉を紡ぐ。
「…あ、ぁあ…無い…。」
独り言のような僅かな声量だったが、届いたようだった。
サラリーマンは、スーツのポケットからタバコを取り出し、するりと1本抜き取った。
「…悪いけど、これしかないから。」
そう言って差し出したのはパーラメントの9㍉。普段6㍉を吸っている琴音には少し強いと思われるし、心底断りたいのに、突然人と会話しているのに困惑して、思わず受け取ってしまった。
「………。」
いつもの感じで吸ってみると、
案の定顔を歪めた琴音を見て、サラリーマンは口元を緩ませた。
「あ…やっぱ強かったか。」
琴音はなんとなく馬鹿にされているような気がして、思わずじろ、と睨むような目線を送った。
サラリーマンはちらりと琴音の服装を一瞥して、
「…タバコやったのに何その顔。
ていうか君学生だよな。いいの?そんなん吸って。」
ぶっきらぼうに言ったあと、「ま、いいけど」と付け足し、くるりと背中を向けた。
何も言わずに手をひらひらと振って歩いてゆくサラリーマンに、琴音は何も言えずに、まだ随分長いタバコを早々に灰皿に捨てた。
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