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一話
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メーデー、メーデー、この声がきこえますか?
こんなふうに今日もまた届かない救難信号を俺は送り続けている。
さよならメーデー。
タイムリミットはあと一年。
何も信じない、諦めるのは楽だった。
誰かと関わるのはとてつもなく力のいることで、そんな気力、俺には残されていなかったから。でも、何故か心はどこかに居るこの声が届く誰かに、救難信号を送っている。・・・人間というのはとてつもなく面倒な生き物だ。俺はもう・・・消えてしまうのに。
四月は出会いの季節。とかなんとか誰かが言っていた気がする。
俺はさいごの場所に地元でも群を抜いて有名な不良校に入学した。そこは窓ガラスが割れていたり、どこからが騒ぎ声が聞こえたりと、もう誰の手にも及ばないくらい荒れに荒れた場所、誰も俺を知らない場所だった。
さいごを迎えるにはとてもいい場所だった。だって誰も俺のことを知らない、俺に興味をもたない場所。と、つい先程まで思っていた。本当につい先程までだけれど。
「亜澄あすみ、久しぶりだねぇ」
何故か知らないけど目には手を振りながら俺にニコニコと笑顔を振りまいている幼なじみのような人が見えるのは目の錯覚だろうか?
頬を抓る。・・・目の錯覚ではないみたいだ。
「結心ゆうしん?なんでこんな所にいるんだよ・・・」
「そんなこという亜澄だって人のこと言えないじゃん」
「あの有名な進学校の推薦は?」
「ああ、あれ?蹴ったよ?」
行けば将来が約束されたような進学校の推薦を蹴ったという結心の顔がなんの邪気のない笑顔なのをみて、俺はため息をついた。本当にこいつは何を考えているんだ。こいつはことの重要性を考えているのか。まあ、俺にもその推薦はあったのだが、同じように蹴ったので人のことは言えない。ため息をついていると、結心は笑顔のままでこう言った。
「どうせ、一人になろうとしたんでしょ?そんなのできるはずないよねぇ」
一拍おいて、そうだな、と適当に相槌を打つと結心は「相変わらずつれないなぁ」と言いながら俺をみて笑みを深めた。何もかも俺のことをわかった風に言われてなんとなく腹が立つが、目の前の幼なじみは俺のことをよくわかっている。俺がこれからどうしていくのか、何故、こんな所にいるのか、全てわかっている、そして、それを止めようとはしない。ただ見守っているだけなのだ。その距離が俺にはとてもありがたかった。
「入学式、そろそろはじまるからそろそろ体育館行くぞ」
「はいはい・・・亜澄」
「なに?」
「・・・ううん、なんでもないよ」
なんとなく、結心の考えていることがわかった。だから、辛かった。本当に申し訳ないことを強いているのはわかっている。でも俺にはもう結心の想いにも応える気力など残されていなかったのだ。
「そういや、入学式の新入生挨拶、ちゃんと覚えてきた?」
「覚えてるよ。大丈夫」
いつかこんな風に、結心と話していたことも新入生挨拶をしたことも、この学校に入学したことも全て消えてしまうのだろうか。そう思うとなんだか寂しい思いがこみ上げてくる。でも俺はそれに蓋ををした。
この寂しい思いこそ、ただの錯覚だったら良かったのに。そう思いながら。
*
「九条くじょう!もう少しで入学式だよ?早くしないと遅れるって」
「はあ?入学式なんか出ねぇよ。めんどくせぇ」
「九条、ほんとお前何言ってんの?この高校に入学して最初のイベントだよ!・・・マジで出ないの?」
「出ねぇよ、マジでな」
俺は入学式なんかに出るためにこの学校に来たわけじゃないと友人の斎藤に告げると斎藤はこの不良めっ!と叫んだ。そんなこと言われても斎藤だけには不良だとは言われたくない。前髪赤メッシュのお前だけには。
俺、九条綾瀬くじょうあやせは今日からこの学校の生徒である。そして、俺には入学式とか新入生とかそんなことよりも大切なことがあった。
「それにしても本当にいるの?北中の龍」
斎藤はため息をつきつつ、俺に問う。北中の龍とは北中学校にいた有名な不良の通り名だ。俺はその不良に用があるのだ。ほかのやつらにはそんなことでとか、めんどくせぇとか言われ続けたけど、そんな外野の言葉なんかより俺には大切なことだった。
「三年前、北中の龍に喧嘩で負けたんだよね?相手もそんな三年も前のこと覚えてないっしょ?」
「うるせぇ!とりあえずここの学校に入学したのは確かなんだ・・・あとは見つけて・・・しめるだけだ」
「・・・ほんと九条って面倒だよねぇ」
透き通った金髪にガラス細工みたいな青い目。そして喧嘩に勝ったくせして泣きそうに歪んだ表情。今でも思い出すだけでイライラしてくる。なんであいつはあんな顔をしたのか、それが気に食わなかった。こっちプライドをズタズタにされたというのに。
「九条~、とりあえず入学式とか出ない?北中の龍がいるかもだしさ~」
「そんなに出たけりゃ一人で出てこい」
「はー、九条は本当に北中の龍のことになると面倒くさくなるな」
「あ?」
「なんでもないでーす」
斎藤はもう一度ため息をつきながら、歩き出した俺のあとを着いてくる。そんなこと言うくらいなら一緒の学校に入学してこなかったらいいのに。俺も馬鹿なら斎藤も大概馬鹿なんだろう。そんなこと思いながら教室に向かって歩き出した。
*
入学してから持ち前のスルースキルで平和に俺は暮らして二週間が経った頃だった。
なんとなくそうだろうと思っていたんだけど、結心と俺のクラス1-Aで、それは昼休憩にはじまった。
「うーん、やっぱり良くないよねぇ」
「なにが?」
「やっぱりこーんな寂れた日常じゃ腐っちゃうよーオレの不良心が物足りないって言ってるー」
「不良心ってなんだよ」
またはじまった。結心は見た目はミステリアスとか美形の部類に入るのに時折、おかしな行動をしでかすことがある。そして、それは俺絡みだ。嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感がする。
「亜澄さぁ、こーんな日常でいいわけ?さいごだよ?さいごの青春に?こんなだらけた日常でいいと思ってるの!?」
「いや、普通が一番じゃないの」
「オレはこんなの望んでない。よし、そう言うならさいごの手段だ」
そう言い残し、結心は教室を出ていってしまった。・・・俺は荷物をまとめる。ああなった結心は何をしでかすかわからない。今日は早く帰ってしまった方がいい。それかどこかに身を隠すか。どっちにしろ逃げるが勝ちだ。そう思い、俺は教室をあとにして、昇降口に向かうことにした。
こんなに逃げているのにはじまってしまっていた。俺の思いを無視して、物語は進んでしまうのだ。
教室をあとにして、5分も経っていない廊下で俺はそいつと出逢った。
「・・・本当にいた!!!」
そいつは上靴の色からして俺と同じ一年だろう。でも背の高い、黒髪の少年がいた。俺だって平均身長はあるのにそれを容易く超えていて、人のこと言えないが耳にはピアスが見える。多分不良だ。
平穏な日々がついにゲームオーバーになった気がした。何を間違えた?そんなの多分あの幼なじみの仕業だと思う。それしか思い当たらない。・・・ていうか、
「・・・だれ?」
「覚えてないのか!」
黒髪の不良(暫定)は俺の言葉がカンに触ったようで、眉間にシワを寄せる。それでも俺は首を傾げた。
「記憶にございません」
だってわからないものはわからない。記憶にあるようなないような、思い出せない。
うん、わからん。
「三年前の秋!!友達が殴られたとかいって俺に喧嘩売りにきただろ!!」
「三年前・・・?」
中一の秋ってことは、俺があんまり思い出したくない時期の話だ。そう言えば一回、一回だけ自分で喧嘩を売りに行ったことがあった。あの時の俺は非常に荒れていた。来るものは殴り飛ばし、気に食わないものには俺が出来る最大のことをしてやった。その時だ、中学時代の友人が殴られた。見るも無残にボコボコにされて、それに俺は怒りを覚えて、喧嘩を売り飛ばした。
そういや、なーんか見たことあるようなないような顔をしている。あの時、殴り飛ばしたやつの面影が。
「・・・久しぶり?」
「久しぶり?っじゃねぇ!!」
「でも久しぶり以外のなんなの?間違ってはないでしょ?」
面倒なだなぁ・・・あんまり関わりたくないかもしれない。平穏な日々が崩れる予感しかしない。こういうの一番面倒なんだよな、と俺は頭の片隅で思いながら話を聞いていた。
「俺はてめぇにプライドをズタズタにされたんだ!次こそ俺はお前を殴り飛ばす!!」
うわぁ、なんかほんとに恨み買ってしまってるじゃないか、俺。
三年前の俺は面倒な種を撒いてしまったらしい。でもよく考えたらそれは俺のせいではない。弱いこの不良が悪いのではないのか。それに甘んじて殴り飛ばされる義理はないのではないか。そう考えるとなんだか、
「苛々する」
その俺の言葉に目の前の不良は目を瞬かせた。
「何言って・・・」
「お前の自己満に付き合ってやる義理はない勝手にすればいいだろ・・・俺はお前なんか知らない」
勝手に追いかけて勝手に恨んで馬鹿じゃないのか。こっちはそんなこと望んでない。でも押し付けるのは違うだろうから勝手に好きにすればいい。見てると苛々する。
俺は昇降口に向かって歩き出す。未だ呆然としている不良の横を通り過ぎようとした、その時だった。
二の腕を思い切り掴まれて俺は引き留められた。
「てめぇ・・・」
不良の瞳には苛立ちではなく寂しさのような悲しみのような色が映っていた。
とりあえず今は、
「逃げよう」
「は?」
追ってこないだろうと腹を括って俺は昇降口まで走り出した。不良に戦意はないと感じたからだ。あの瞳の理由は少し気になるけど、今は逃げた方がいい。二の腕の手を振り切って俺は駆け出す。
(昇降口まで逃げたら俺の勝ち、後のことは明日から考えたらいい。今は逃げた方が・・・)
「待ちやがれ!!」
「マジか」
さっきまで呆然としてたじゃん。戦意とか感じなかったんだけど。色々言いたいことはあったけどとりあえず足は止めない。でも昇降口に直進した所で追いつかれそうだ。俺は昇降口ではなくわざと行き止まりに向かう。そこまでだいぶ時間がかかってしまった。体力が尽きそうだ。それは不良も同じようで行き止まりに着いた時には不良も俺も息が上がっていた。
「もう逃げられねぇ、ぞ」
「・・・背にに腹は変えられないか」
俺は不良に近づくと、不意をついて思い切り不良の鳩尾をぶん殴った。
(昇降口で靴履き替えたらそのまま正面玄関までダッシュ、明日のことは明日考えたらいい!!)
あいつはきっと一時は動けないだろう。なんたって渾身の一撃をくれてやったのだから。
本当に、なんでこんなことに。
俺は平穏に暮らしていたかった。でもそれは叶いそうにない。きっとあの不良がまた、追いかけてくるに違いない。後ろを振り返るが人影はなかった。平和な時も短かったな、と酸素の回らない頭で考えていたら、正面玄関に見知った姿が見えた。
「やっほー、亜澄。鬼ごっこはどうだった?」
「やっぱり、お前の仕業なんだな。結心」
「楽しかったでしょ?地獄の鬼ごっこ」
結心はニコニコと無邪気に笑う。あの血の気の多い不良を幼なじみに差し向けたのに楽しそうに笑う、その顔は本当に何を考えてるんだか。俺の今の状況を見て何も思わないのかこの愉快犯め。巻き込まれるのはいつも俺だ。本当に手に負えない。でも結心の行動パターンからして、俺になにかをするためにあの不良を差し向けたと考えるの妥当だ。この幼なじみは俺のためならなんだってするのだ。それが嫌われ役だとしても。
「何を考えてるんだよ・・・」
「オレは亜澄のために動いてるだけだよ」
「そうじゃなくて、」
「オレはね、」
俺の質問を遮るように結心はこう告げた。
「このままなんて、嫌だよ。でもオレには無理だった・・・だから、」
「何をしてでも、何を失っても変えるって決めたんだよ」と、さっきとは打って変わって悲しそうに笑った結心の顔に俺はどう返せばいいかわからなかった。そんな顔させてるのは、俺だって知っていたから。
「きっと、変わっても悪いことなんてないよ。大丈夫、誰も亜澄を責めたりしないさ」
何かが変わるような、そんな春の風が吹いた。
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