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夕飯を満足いくまで食べた後、女中に案内されるまま、宿の風呂に入ることになった。
どうやらその間に、夕飯の膳を片付けて布団を敷いてくれるようだ。
いつも山奥の露天風呂に入っている廉だから、宿屋の大浴場はとても珍しい。祖父の家の風呂ともまた感じが違うようで、きゃっきゃと笑いながら楽しんだ。
「ほら、まずは汚れを落とさねーと」
はしゃぐ廉を取り押さえ、洗い場で体を洗わせる隆也。頭からつま先までピカピカになった後、今度は廉が隆也の背中を洗ってくれる。
いつもと同じだが、大浴場には他の泊り客の姿もあるためか、いつもより会話は少ない。
それでも廉にとっては十分嬉しいようで、「広い」、「お湯、ぬるい」などと、無邪気に思ったままを口にした。
確かに山奥の温泉に比べると、大浴場の湯はかなりぬるい。奥の隅に座り、廉と向かい合ってのんびり湯に浸かっていると、やがて入り口からどやどやと騒々しい声がした。
見れば、武骨で大柄な男たちの3人組だ。髪もヒゲも乱雑に伸ばし、ガラがよくなくて、雰囲気がかなり荒んでいる。
風呂場をじろじろ見回す目つきもよくなくて、それなりに腕に覚えがあるらしい。
隆也の長い経験上、こういう輩は面倒事を起こしがちだ。周りの泊り客たちも、その荒れた雰囲気を何となく感じ取ったようで、1人2人と湯から上がり始めた。
このような男の3人や4人、隆也にとっては蟻ほどの脅威もなかったが、せっかく楽しんでいる廉を不愉快にさせるのは本意ではない。
「そろそろ出るぞ」
廉に優しく促して、廉を守るように浴場を後にする。
ちらりと男たちに目をやると、彼らは体も流さぬまま湯船に浸かり、ガランとした大浴場を占拠して、気分良さそうに笑っていた。
そんなことがあったものの、廉はまるで気付かなかったようで、部屋に戻ってもご機嫌だった。
宿から用意された、丈の短い子供用の浴衣を隆也に着せつけられ、嬉しそうに飛び跳ねる様子も可愛らしい。
畳に敷かれた二組の布団の真ん中に、「きゃあ」と飛び込んで、ぼふんと布団の海に埋まる。
「こら」
と、隆也が叱る暇もない。すぐに立ち上がり、今度は窓辺に駆け寄って、閉められていた障子を開けて外の景色を眺め始めた。
「月、だ」
「ああ、キレーだな」
廉の言葉にうなずいて、隆也はそっと側に寄りそう。空にはいつの間にか月が出ていて、海にもそれが映っていた。
波間に揺れる月影を眺め、廉が「ふおお……」とため息をつく。
潮騒がかすかに聞こえ、潮風が部屋に吹き込む。
どこかの部屋で、宴会でもしているのだろうか? 賑やかな笑い声がしているが、騒々しいという程ではない。
穏やかな海辺の、穏やかな宿屋の夜。
廉を抱き寄せ、ヒザの上に座らせると、廉も甘えるように隆也の胸元に擦り寄って、やがてこくりこくりと小さな船を漕ぎ出した。
いつもより少し早いくらいの時間だが、はしゃぎ疲れたのだろうから、無理もない。
隆也は慈愛に満ちた目を落とし、廉の寝顔を見下ろした。まだ少し湿り気の残る柔らかな髪を撫でつけて、少し着崩れた浴衣の合わせを直してやる。
そうして整えても、きっと寝ている内にまた乱れるのだろう。だが、それも旅の醍醐味の1つだ。
ふっ、と柔らかな笑みを浮かべ、隆也はそっと廉を布団に寝かしつけた。もう片方の布団に横たわり、ヒジ枕を突いたまま、健やかに寝息を立てる廉の寝顔をじっと見守る。
鬼である隆也に、山からの移動の疲れなどほとんどない。
規則正しい波の音に、眠気を誘われることもない。
何より、2人きりの山小屋と違って、確実に安全だと思われる場所でもないから、眠ろうとする気にもなれなかった。
隆也の心に引っかかっているのは、大浴場で見た、あの雰囲気の悪い男たち。その予感は残念ながら外れなかったようだ。穏やかな宿に騒動が起きたのは、その夜更けのことだった。
人の姿を借りていても身体能力に優れている隆也は、聴覚も優れている。自分たちが泊まる部屋とはかなり離れた廊下の奥で、騒々しい笑い声があったのにも気付いていた。
そこまでは、ままあることだから問題ではない。時間が経つにつれ、酔いが回ったのか騒ぎはもっと大きくなったが、それも問題とは思わなかった。。
「もっと酒、持って来い!」
傍若無人な大声が、宿の静かな廊下に響く。
酒を運んで来た女中を捕まえ、無体を働こうとでもしたのだろうか。「きゃあっ」と女の悲鳴が上がり、ガシャンと何かが転がった。
「おやめ下……きゃああっ!」
高く響く女中の叫び。それに重なる、男たちの野蛮な笑い声。
「何してる!」
たまりかねた誰かが注意したが、「なんだ、てめぇ」「文句あんのか、コラ」と逆に凄まれ、どうやらケンカになったようだ。
「きゃああっ」
再び上がる女の悲鳴。ドスン、バキンと派手な音が続く。周りの部屋の戸が次々にタンタンと開き、「何だ、何だ」とざわめきが広がる。
「何事ですか!」
「困ります!」
張りのある声で駆けつけて来たのは、宿の男衆だろうか。数人の足音がバタバタ響いて、騒動はますます大きくなった。それもまた、隆也にとって問題ではなかった。
隆也にとって何より大事なのは、伴侶の身の安全と健やかな睡眠だ。
事実それまで、部屋の外での騒動など何も聞こえないかのように、廉はすうすうと眠っていた。だが――。
「やかましい! 邪魔すんな!」
一際大きな怒鳴り声がして、ドカンと衝撃が走ったと同時に、廉がわずかに顔をしかめた。
「ん……」
小さな寝言を上げ、くるりと寝返りを打ったものの、再び寝息を立て始める廉。そんなあどけない様子を見守った後、隆也はむくりと起き上がった。
誰がどれだけ騒ごうと、隆也の興味を引くことはない。だが、廉の害になるのなら別だ。
静かに廊下に出て、静かに部屋の戸を閉める。騒動の元へと大股で近寄りながら、鬼の気迫を解放する。廊下に伸びる影はいつにもまして黒く、彼を取り巻く空気がとたんに重くなった。
「うるさいぞ」
静かな声が響いた瞬間、部屋の明かりがふうっと暗くなったのは、一体どういうことだろう。
隆也が声を上げる前に、その場はとうに静まっていた。騒いでいた男たちも、宿の男衆も、集まっていた野次馬も、みんな一様に腰を抜かしてその場に座り込んでいる。
女中など、座り込んで白目を剥いて意識もない。
だが隆也は構わず騒いでいた男たちに目を向けて、人の姿のまま、じろりと彼らを睨みつけた。
「連れが目を覚ましたら、どうしてくれる?」
隆也の怒気を受け、例の3人組が泡を吹いて倒れ込む。周りを見回すと、全員が一斉に息を呑んだ。
「夜は静かにするもんだ。そうだろう?」
全員がカクカクとうなずくのを見て、隆也は再び部屋に戻った。
彼にとって大事なのは、廉だけだ。廉が健やかであるなら、それ以外は何も求めない。
幸い、大事な伴侶は目を覚まさずに済んだらしい。部屋を出た時のまま、大人しく眠っている少年を見て、隆也はやれやれと再び布団に横たわった。
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