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アサリは「浅蜊」と書くように、浅い場所にいる貝である。波打ち際の辺りを好み、よく固まって生息する。
砂浜のぼこぼこと盛り上がった部分を指差して、隆也は廉に、「あそこに行こう」と促した。近付けば、ぷつぷつと穴が開いているのが見える。アサリが呼吸管を出した穴の痕だ。
「ここら辺に隠れてねーか?」
廉に掘るように促すと、じきにアサリがごろりと掘れた。
「ふおっ」
歓声を上げ、夢中で掘り出す様子が何ともあどけない。ぼこぼこと盛り上がった部分は幾つもあって、隆也に教わるまま、あっちこっちを掘って行く。
じきに、他の潮干狩り客も近寄って来て掘り始めたが、砂浜は誰のモノでもないのだから、隆也も廉も気にしなかった。
時折ぴゅっ、とアサリが水を吹くのを見て、廉がきゃっきゃと笑い声を上げる。
「貝、いっぱい」
ごろりと貝の入った桶を持ち上げ、廉が隆也を振り仰いだ。
「ああ、すげーな」
隆也はそんな廉を誉め、持って来たザルに桶の中身をざらっと移す。空になった桶を返すと、再びアサリを掘り始める廉。
ひとつ見付かれば、その周りにもごろごろといて、それが面白いらしい。掘っても見付からないこともあるが、また移動すればいいのだから、ガッカリすることもない。
しゃがんでは掘り、ちょっと移動してはしゃがみ、アサリを掘り当てては桶に入れる。
何度か尻もちをついたせいで、足から尻まで砂だらけになったが、これも隆也にとっては予想の内だ。また廉も、分校での砂遊びに慣れているからか、汚れることを気にしないようだった。
しばらくそうして掘り続けていると、近くで同じく潮干狩りをしていた子供たちが、「でかーっ」と叫び声を上げるのが聞こえた。
わいわい騒ぐ声の方を、ぽかんとして見やる廉。どうやらハマグリを掘り当てて喜んでいるようだ。
「でっかい、アサリ、だっ」
「あれはハマグリっつーんだよ」
ハマグリはアサリと違い、もう少し深い所に生息する。気軽に掘れるものでもないので、特に狙ってはいなかったが、やはり廉にとって大きい貝は魅力的らしい。
「お、オレも、ハマグリ!」
廉は鼻息も荒く奮起して、さっきよりも熱心に熊手で砂浜を掘り始めた。だが、見付かるのはやはりアサリばかりで、むうっと唇をとがらせる。
まだまだ子供だなと思ったが、ムキになるのも可愛いものだ。
くくっと笑いながら廉を立たせ、手を引いて波打ち際までゆっくり近付く。深い所にいる貝だから、少し水のある方が掘りやすい。
ちょっと深めに掘るように促すと、廉はちゅうちょなくしゃがみ込んだ。ちゃぷっと尻が波に浸かり、「ひゅわっ」と立ち上がった後、何が楽しいのかきゃあっと笑い声を上げている。
「楽しいか?」
隆也の問いに、「うんっ」と笑顔で答える廉。
「はまぐりっ」
気合を入れて濡れた砂を掘りながら、口元をぽかんと開けていて、今にもよだれがこぼれそうだ。
隆也は廉の周りに油断なく目を配りながら、貝の入ったザルを波に漬け、ざっと洗って砂を落とした。じゃりじゃりと貝を洗い、死んだものや痛んだものを選り分けて捨てて行く。
途中、危険な棘を持つアカエイが砂に潜んでいるのを見つけたが、勿論廉には近付けない。素早く抜き手で薄い身を貫き、動かなくなったのを確認して、沖の向こうに放り投げる。
アカエイに刺されると、何年も寝込むことになりかねないから、容赦のない排除は必要なことだ。
自分が無事でも、周りの誰かがケガをすれば、優しい廉は気に病むだろうから、これでいい。
もっと沖の方では、柄の長い大熊手でごっそりと砂を掘り漁っている輩もいるから、それにも注意が必要だ。
他に危険はないだろうか? 鬼の視力を惜しげもなく発揮して、遠浅の海岸をじっくりと眺める。波の気配、生き物の気配、油断なく気を配る隆也のすぐ側で、尻まで波に浸かりながら、廉が砂を掘っている。
そうしてどのくらい経っただろうか。
「あった!」
高く弾んだ声を聞いて隆也が視線を足元に戻すと、廉が手のひらほどもある大きな貝をひとつ掴んで、輝くような笑みを浮かべた。
もはや浅瀬に座り込んでおり、腰までびしょ濡れになっているが、気にしている様子もない。お陰で砂は取れているから、手間が省けたと喜ぶべきか。
「どれ」
手を伸ばして受け取ると、栗のように整った三角形で、しっかりと重い。この独特の形は確かにハマグリのようで、「よく取れたな」と感心する。
「もっと、取る」
「おー、頑張れ」
期待半分で頭を撫でると、廉が嬉しそうに隆也の足元に抱き着いた。お陰で長い足を包むズボンが濡れたが、これももう今更のことだ。どうせ走って帰るのだから、気にする必要はない。
帰ったら温泉に直行だなと思いつつ、受け取ったハマグリをザルに入れる。
1つ見つけて余裕ができたのか、浅瀬を泳ぐ魚にも気付いたようで、廉がはしゃいだ声を上げた。
「イワシ?」
「いや、イワシじゃねぇなぁ」
そんな会話も楽しみながら、ひたすら砂を掘り、声を上げて笑い合う。
初夏の波はまだ冷たいが、山の小川ほどではない。空は青く、どこまでも広く、海も遠くまで続いている。
潮が満ち始めるのはまだ先で、廉の初めての潮干狩りも、それからしばらく続けられた。
(終)
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