アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
19
-
あれからどれくらい飛んだだろう──。
翼が赴くまま無我夢中でここまで来たから場所の感覚を失いかけたが、よく目を凝らすと正面の高台に見覚えのある教会があった。
アーチを描いた石造りの屋根。その頂には、月明かりに淡く照らされた金色の十字架が光っている。
それを目にしたソウゲツは、飛行中にも関わらず思わず瞼を閉じてしまった。
かつて失恋の傷を癒すために、あの場所でひとりワインに溺れていた自分の姿が見えた気がしたのだ。
気がつけば頬に一筋の涙が流れていた。
「神様......聞いてください。私は『幸せの王子様』を愛しています。できることなら今すぐにでも台座から解き放ち、共に翼を広げて南の国まで飛んでいきたい。あの人も私を必要としてくれている。だけど駄目です。私には分かるんだ。彼がこの街から離れることなど到底できるはずがありません。我が身を投げ打ってでも助け、それを少しも犠牲と思わないほど、彼はこの街の人々を愛しているのです」
ソウゲツは十字架に向かってひとしきりそう訴えると、口端にフッと切ない笑みを浮かべた。
「もっとも、そんな人だからこそ、私はこんなにも彼に惹かれてしまったんでしょうね......。大丈夫、もちろんエジプトには1人で行きます。私がこの地上のどこにいたって、彼は永遠にこの街で輝いていてくれる。それだけで、もう......」
私は十分幸せです──。
ソウゲツは両目を開けると、左右の翼をはためかせ、力強く大気を打った。
あの教会まで飛んだら、今夜はあの人のもとへ引き返そう。
途中、何度となく吐いた息は白く、白く、どこまでも先へと伸びていった。
涙で霞む十字架をしっかりと見据えながら、ソウゲツは飛ぶ。
頭の中では、明日に迫った王子様との別れの言葉を何度も何度も繰り返しながら──。
・・・・・
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
19 / 47