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一話 平穏を破る出来事
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月曜日の事。榛名千優はいつものように登校し、二年A組の教室へと入った。
クラスメイトが疎らな教室で、自分の席について寝たふりをしながら教室を眺める。
学校内に一人も友達がいない為、誰かに挨拶をする事はない。
千優の通う恋坂高校は、中学から大学まである私立校で、中学・高校は男子校。
今クラスにいるほとんどが中学からの持ち上がりだ。
だから高校デビューをする事もなければ、編入生と新しい学校生活を送る事も出来ない。
決まって、千優とは仲良くしない方がいいと事前情報を流され、誰も近寄らないのだ。
千優も誰にも近寄らない。誰とも関わりたくないと思っている。
千優には別のクラスに好きな人がおり、彼を見る為だけに毎日休まず学校に通っているのだ。
その彼は木元俊(きもとすぐる)といい、学校内でアイドル的存在である。千優はそのファンなのだ。
だが皮肉にも、木元とは同じクラスになれた事はないが、嫌いな人とは中学の時から何故か毎回同じクラスになる。
「ユイ君来たよー!!」
クラスの誰かが叫んだ。
いつもの事なのだが、彼が教室に入ってきた途端騒がしくなるので、必然的にそちらに視線が向く。
「ふぁ〜おはよ」
来須由那(くるす ゆいな)だ。
ユイと呼ばれ、木元と学内の人気を二分化している程の人気者。
そして、千優が嫌う人物である。
その由那が欠伸をしながら教室に入ってきた。
百五十五センチと低い身長に、媚びるように上目遣いをしているのがデフォルト。
男が上目遣いをしても普通なら気持ちが悪いだけだろうが、彼の場合は可愛らしいくりっとした目が上目遣いという攻撃の威力を存分に発揮している。
由那は周りに人がいるのが当然、身の回りの事をしてもらうのが当然という、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「ユイ君、荷物脇に掛けておいたよ」
「川口君ありがとう」
「ユイ君、授業の準備終わったよ」
「山部君嬉しい。ありがとね」
「ユイ君、今日ちょっと冷えるからブランケット用意したよ。使って」
「曽根君って気が利くね。ありがとう〜」
来須の周りは常に誰かがいて、誰かが何かしら世話をしている。
そして何かしてもらうと、由那は決まって名指しでお礼を言う。
だからか、いつも周りに人が集まる。
そして、由那はそれぞれの分野で活躍している人気者の三人をも掌握していた。
ユイ親衛隊と呼ばれている。
「皆、ユイの為にありがとう。クラスに戻ってくれ」
由那に群がる他のクラスの生徒達を追い払ったのは、宇田尚睦(うだなおちか)だ。
明るい笑顔が人気の陸上部部長。通称、ナオと呼ばれている。
チャラそうな見た目だが、誰とでも仲良く出来そうな雰囲気を放っており、ナオを慕う後輩は多い。
「あんまり引っ付くとユイがゆっくり出来ないよ?」
なかなかクラスに帰ろうとしない者達を説得しているのは小桜詩(こざくらうた)。
図書委員長で学級委員長でもある文系男子で、落ち着いた大人な雰囲気である委員長。通称、ウタと呼ばれている。
テスト前になるとウタに勉強を教わろうという者が後を絶たない。
「早く戻れ」
ぶっきらぼうだが、優しい口調で皆にクラスに戻るよう促したのは、剛一蕗(ごうひいろ)だ。
見た目は凶悪そうだが頼りがいがあり、男が憧れる筋肉の持ち主。通称、ヒイロと呼ばれている。
ガタイのいい見た目からは想像つかない程優しい性格をしている。
三人に言われ、他のクラスの者達はトボトボと名残惜しそうな顔で教室から出ていく。
「まだ良かったのに」
「あと十分でHRだ。ぎりぎりになって皆戻ったんじゃ遅刻する者が出てしまうかもしれない」
由那は寂しそうな顔でクラスに戻っていく生徒達を眺めていた。
そんな彼を千優は苦い表情で見つめると、バチッと目が合った。ニコニコっと由那が優しい笑顔で手を振ってきたので、睨みつけたのだった。
由那は自分のファンであれば誰とでもセックスをするという話だ。
誰にも触らせない木元とは正反対の節操無し男を、千優は忌々しいと思っていた。
帰りのホームルームが終わり、掃除の時間となる。
掃除を終えれば退屈な一日は終わる。
千優は家に帰ってからの予定を頭の中で整理しながら掃除をしていた。
皆が談笑しながら玄関の掃除をしているが、千優は一人隅で録画した深夜アニメを先に見てから恋愛シュミレーションゲームをするか、それともゲームが先かの脳内押し問答中だ。
「よし……ゲームが先だ」
「うん? どうしたのか?」
千優のぼそりと呟いた独り言に反応したクラスメイトの一人に声をかけられたが、無視をする。
「やめとけよ、そいつと会話成り立たねーよ」
他のクラスメイトがそう言いながら千優に近寄った彼を引き戻す。
千優は心の中でうんうんと頷きながら背を向けた。
誰とも仲良くする気はないのだ、話しかけないでくれと、見えない分厚い壁を作った。
掃除が終わるとすぐさま階段を駆け登る。早く帰ってゲームをしなければならない。
だから気付かなかった。
上から人が落ちてくるなんて──。
「え……」
急に目の前に迫ってきた生身の体を、千優は受け止めることが出来ず、一緒に下の踊り場までドダダダッと、盛大な音を立てながら転げ落ちた。
「いっつぅ……」
千優は痛む体に力を入れて上半身を起こすと、落ちてきた男子生徒に文句の一つでも言おうと周囲を見回した。
目の前で横に倒れている人物がすぐに目に入るが、何か違和感を覚えた。
自分が座った状態での視界はこんなにも低かったか、と。
戸惑っている内に、横たわっていた男子も「いてて」と言いながらゆっくり身体を起こした。
起き上がった彼と千優の目が合う。
「……え?」
千優は狼狽した。
目の前の男子をどこかで見た事あるような気がして、千優はその男子の顔を覗き込む。
まるで自分自身だ。
自分と同じ姿の人物が目の前にいるなど、到底信じられる事ではない。ドッペルゲンガーか? と別の恐怖を抱く。
千優は次に自分の手に視線を落とす。
こんなに小さい手立っただろうか、と首を傾げていると、目の前の男子が千優に声をかけてきた。
「あれ、チヒロ大丈夫? 頭打ってない?」
彼は千優を心配そうな目で見つめてきた。
その瞳に映る自身が、自分自身の姿ではないように見えた。
もっと小さい、女性みたいな姿に……。
「頭は打ってない。……なぁ」
「ん?」
聞く事が恥ずかしいとも思った。
もし外れていたら馬鹿にされるだろうか、それでも聞かないという選択肢は千優にはなかった。
「もしかして、体が入れ替わった、とか?」
聞いてみたところで目の前の『誰か』も分からないだろうと思っていたというのもある。
だが……、
「当たり! よく分かったねぇ」
目の前の千優の姿をした人物は、楽しそうに不気味に笑う。
「お前、誰だ?」
「あははっ、誰だろうね?」
ぞわりと気味の悪さが千優の背筋を駆け抜ける。
自分の姿で気持ち悪い笑顔を向けられると、鳥肌が立った、というのもある。
彼は千優の手を取り、「こっち来て」と言いながら引っ張っていく。小さい体だからか抵抗しても引きずられていった。
「お前、誰っ? どこに行くんだ?」
彼は答えず、近くの男子トイレに入った。
もう帰りのホームルームが始まっており、周囲は静かだ。窓からはオレンジ色の光が二人を眩しく照らす。
トイレの姿見の前に千優は彼と二人で立っていた。
目の前には、低身長でくりりとした目が印象的な女に見えそうな男の姿──。
鏡の中の来須由那と目が合った。
本来映るべき姿ではなく、千優は由那の姿で鏡に映っている。
顔や体を手で触って確かめるが、仮定は確信へ変わる。
「俺になった気分はどんな気分?」
そんな事を聞かれても答えられるわけがない。千優は絶句したまま隣に立つ由那を見つめた。
170センチ、男子高校生標準体型、だらしなさが際立つどこからどう見てもモテるとは思えない、不格好な男だ。
「俺はね、清々しい気分」
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