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五話 友人との初電話
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「もしもし?」
由那はのんきな声で電話口に出た。あまりの緩さに千優は怒りをぶつける。
「もしもしじゃねぇ、なんだよこの部屋?」
「部屋…………? あっ! ごめんっ! それは、本当に俺が悪かった。ほんとごめん!!」
忘れていたらしい、由那は激しく謝罪を何度も続けた。
今自宅に帰っているなら大声を出さないでほしいものだが。由那は完璧に演じられると言っていたのは嘘だったのだろうか、一度信用したのだから疑惑を持ちたくない。
母や姉に感情豊かになっている姿なんて見せたくないのだ。
ハラハラしていると、電話の向こうから母と姉の喋り声が聞こえた。
まさか家族がいる部屋……。
ヒヤリと胸が冷たくなる感覚に陥る。
一番して欲しくない事だ。家族と団欒など……。
「おい、今どこに……?」
ふっ、とざわつきのような声が遠ざかり、聞こえなくなった。
「ん? 今部屋だよ。そうそう千優、これはしちゃいけないとか、逆にこれはして欲しい事とかある?」
「……大人しく目立たずにいてくれればそれでいい。家族に近寄らないで、学校でも一人でいれくれ」
「………………ん、分かった」
「その間は何だよ!?」
もう目立つような事をしてしまったのか? と思うと怖くて何も聞けない。
「ねぇそういえば言い忘れた事があった」
「あんだよ?」
「朝学校行くと皆寄ってくるから可愛い笑顔でおはようって言ってね! 明るくね!」
「ハァッ!?」
思い返してみれば、確かに由那はいつも人に囲まれていた。そして、いつも笑顔で語尾にハートでも付いているかのような喋り方をしていた。
「〇〇君、ありがとね」「××君、嬉しいっ」と、よく言っていたのを思い出す。
「あ、俺、来須の取り巻きたちの名前あの三人以外知らないぞ?」
「んー、何人かに何かしてもらったら、皆ありがとうって言えばいいんじゃない?」
「そんなんでいいのか?」
「千優ったらまっじめ〜」
「違っ……そんなんじゃ……」
かぁっと顔が赤くなる。由那の懇願を聞き、受け入れたからこそ真面目になるのは千優にとっては当たり前の事なのだが。
ボッチで、人と関わる事がなかった為、何が冗談かすらも分からないのだ。
「後は……そうそう、ナオとウタとヒイロ。あの三人は絶対絶対平等に扱ってね」
「…………なんで?」
「あの三人のうち、誰か一人だけ優しくするとか、誰か一人だけ冷たくするとか、ナシだからね!」
「ふぅん」
そもそも三人の事すらよく知らないし、誰かを特別優しくしたり冷たくしたりはしない。
「もしそれを疎かにすると、意地悪されちゃうから。千優の身を守る為でもある」
それを聞いて思い浮かんだのは、階段から突き落とされた事だ。
あれは意地悪で済む話か。
下手すれば大怪我、いや死ぬ事も有り得なくはない。相当の悪意があった筈だ。
「今日階段から落とされたのも……?」
「ん〜、俺がヒイロに飲み物奢ったからかなぁ。一昨日オナニーに夢中になって宿題忘れてさ、ヒイロにノート借りたの、そのお礼でね。
もしかしたら、それを知らない人が俺が急に飲み物あげてるように見えたのかもね」
「そんな事で!?」
いつどんな勘違いをされて身の危険に晒されるか分からないという事だ。
そんな事で安全を奪われるのか。由那の生活は難易度が高そうだ。
「中学の時からこういう事はよくあったけど、大怪我した事あるから注意してね」
「大怪我って?」
「同じクラスだったのに、そこまで俺の事眼中になかったの?」
「ごめん……」
「骨折したんだよ。ベランダから落ちたんだ」
サーっと千優は顔が青くなった。それで死んでもおかしくない。問題は犯人が学校内にいて、由那のファンを騙っている事だ。
そして、そんな大事件を覚えていない自分にも腹が立つ
「ど、どうしよう」
「俺が守るから安心して」
「守りきれるとも限らないだろ?」
「大丈夫。俺を信じてよ」
「……もしかして犯人の目星付けてるのか? 誰だ?」
由那の態度はまるで犯人は見張るから大丈夫とでも言っているかのように聞こえた。
「まだ確証がないから言えない」
「一応教えとけよ」
「そうしたら千優態度に出るでしょ?」
「うっ」
絶対出ないとは言えないのが悲しい。良い意味でも悪い意味でも素直なのだ。
「いいと思うよ? だって千優は幸せに育ったって事じゃん。歪まず、素直に真っ直ぐにさ。優しい家族に育てられたからだね」
「普通、だろ?」
「その普通を保つのがどれだけ大変な事か知らない事が幸せな証拠だよ。
普通なんてあっという間になくなる。片手で砂を掴んでいるようなものだ。失ったもの(砂)は戻らない」
そんな事言われても、今まで少し厳しいけれど優しい父、心配性な母、すぐ下僕扱いしてくる姉の元で生きてきた。
今は反抗していて、父と母とはまともに会話をしていないし、姉も今は千優に気を使っているが、同じような生活を送っている。
それがなくなるなんて……と千優は思ったが、分かる気がした。
中学一年の頃まで千優は活発な少年だった。
由那は知らないだろう、運動部に所属しており、クラスの中心に立ったりしていたのだ。
けれど、出る杭は打たれる。
千優が目立っているのが気に食わない先輩達からのいじめに耐え切れず逃げ出した。
それから目立たず大人しく生きるようになった。ただただ先輩が怖かったのだ。
「戻そうとしなきゃいいんじゃねぇの? ほら、砂場に沢山砂あるじゃん。新しい砂を拾えばいいんじゃないの?」
「……うん、そうだね。ありがと千優」
「え、何が?」
「そういうところ、まぁ良いんじゃない?」
「なんで上から目線な言い方なんだよ」
「あははっ」
由那の明るい声を聞いたら、心が澄んでいくような気になる。
家族に聞かれたら、等という事はすっかり忘れて会話を続けたのだった。
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