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十三話 二人きりの夜
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「どんなに小さくてもいい。怪我をしたと判断したら……」
由那の顔はいつになく真剣で、千優は生唾を飲んだ。
「それは自分の不注意の場合も含むのか?」
「いや、誰かに怪我をさせられたと判断したら、大騒ぎして痛がって。痛くないレベルの怪我でも、わざとらしいくらい」
まるで怪我をするというのは確定事項だとでも言いたげだ。どの程度の怪我か想像もつかないだけに、冷や汗が流れる。
由那が階段から落とされた時の事を思い出していた。
「怪我するの?」
「俺のせいで、本当にごめん」
「知ってる事を話せって言っても話さないんだろ?」
「ああ。でも、明日で決着が着く筈だ。それで無事この入れ替わりも終えられる」
元に戻れると千優は胸をなでおろした。
最初は入れ替わりを楽しそうにしている由那に憤りを感じていた千優だったが、由那の事を知り、苦しみを知って、強さも知った。
もう、疑いの目を向けたりはしない。久しぶりに出来た友達の為に一肌脱ごうと思っている。
「もしかして、犯人突き止めたいから誰かと入れ替わりたかった?」
「いいや。入れ替わってから、犯人特定出来そうじゃないかって思った。千優になると意外と自由に動けるから……。
千優に相談してからでも良かったのに、独断してごめん」
入れ替わってから由那への認識は百八十度変わった。嫌悪から友好へと。
千優は全てが終わっても、友達のままでいたいと思っている程だ。彼なら疑う事なく友達付き合いが出来ると確信していた。
「一つだけ教える。犯人は俺に近い存在で、俺が嫌いでヒイロが好きな人だよ」
由那の近い存在で、由那を嫌いな人と聞くと、嫌な予感が頭をよぎった。
「……まさか、木元? ……木元ってヒイロの事好きなの?!」
「待て、どうしてスグの名前が出てきた?」
「昼に木元とぶつかったんだよ。すっげー暴言吐かれた。そんな木元も可愛かったけど! 木元って来須の事嫌いなんだろ?」
「あっはっは! スグはない。それ有り得ない」
「なんで言い切れんだよ?」
「ナ・イ・ショ」
由那は可愛らしくウインクをした。
千優自身の顔なので気色悪さしかないが、その顔にも慣れてきた千優だった。
「教えろよっ」
「いーやっ!」
「俺の姿でぶりっ子すんな!」
「俺の姿でムスッとしないでくれる?」
二人で笑い合う。
この時ばかりは、身体を苦しめる敏感な全身が、なりを潜めていた。
このままセックスをしなければ、いつかは普通に戻れる様な気がした。
「そういや来須。ウタに聞きたいことがあったんじゃないのか?」
「ん、もう聞けた」
「そうなん?」
主に質問を受けていたのはこちらで、質問したのはたわいのない内容だと認識している。だが、由那が頷いているのだから、それ以上は聞かない。
「つか、俺んちどうなってる? こんなところにいて大丈夫なのか?」
「ああ、家族には友達んち泊まるって言って出てきた」
由那は友達の家に泊まると言って出てきた、というのは聞き違いか。千優は冷や汗を滲ませながら来須をじっと見つめ、疑問を明らかにしようと問いかけた。
「……家族と会話したのか?」
家族とは四年程会話らしい会話をしていない。
泊まりに行くなんて言ったら、どういう反応をされたのか気になった。
「……チヒロは家族と会話しなさすぎ。昨日家族団欒したよ」
「かっ……家族!?」
「ごめん、勝手に関係修復させちゃったよん!」
「テメッ!」
由那はいつもの様に、あははと声を上げて笑う。
勝手な事をされたが、修復されたのなら千優の立場では文句は言えない。
ずっと前から気まずい状態から脱却したいと思っていたのだ。その足掛かりを由那が作ってくれたのだから。
「家族とは仲良くしなよ。知ってるんだよ、千優が本当は家族と仲良くしたいって思ってるの」
「……でも、どんな顔していいか分からない」
「千優ってばかーわいー!」
「可愛くなんかないからな! 今、来須の姿だから可愛く見えるかもしんねぇけど」
「自分の顔可愛いとか思わないって。それに可愛いは……」
急に由那は口を噤み、寂しそうな笑顔を浮かべた。
「可愛いは?」
「なんでもないよんっ! それよりご飯食べようよ。お腹すいたよ〜」
夜は由那が夜ご飯を作った。月見うどんだ。
肉とネギが盛るように入って、丸い卵の黄身が綺麗だ。
千優は昔からこの月見うどんが大好物だ。
由那にそれを伝えるのは小っ恥ずかしくて、ありがとうとしか言えなかった。
二人でダイニングテーブルで向かい合って「いただきます」と手を合わせる。
こんな事でもなければ由那と一緒に食事をする事などなかっただろう。
友達との食事は、普段家族とは時間をズラして一人で食べる時より美味しく感じた。
食べていると、急に由那がくすっと笑い出した。
「何笑ってるの?」
「いや、月見うどん好きなんだね」
由那がニヤニヤと笑みを浮かべている。どうしてそんな風に笑うのかが分からない。自分の行動におかしい所がないか思い返すが、変な事をした覚えも言った覚えもない。
「どこかおかしい? 食べ方変?」
「いんや……作って良かった」
そう笑う由那は少し寂しげに見えた。
由那は感情表現を笑顔でする事が多々ある。真面目な時は真剣な目をしているが、楽しい時以外で、悲しそうな時も、困っている時も笑顔だ。
「そうか」
だが、その寂しさを含んだ笑顔については聞かない。人には触れられたくない部分というものがあるのだ。
細かく聞かない方が良いだろうと、千優は考えた。
「お風呂沸かしたよ! 一緒に入ろうぜぃ!」
何が楽しいのか、来須はピョンピョン跳ね始めた。菅田は千優からなので、客観的に見ると違和感しかない。
「やだよ。今日は入りたくない」
「ばっちぃよ?」
「……やだ」
「なーんで?」
「なんでも」
「にゃんでー!?」
由那はニマニマと今にも言い出しそうな笑顔で千優が困っているのを楽しんでいる。
この体質でさえなければ、そしてアイドルでなければ由那の人生は楽しそうに見えた。
「……お前だって自分の体なんだから分かるだろ? 体洗うときっついんだよ!」
「あー、それで昨日アンアン言いながら電話してきたんだねぇ可哀想に」
よしよしと頭を撫でられる。子供扱いをされているように思えて嫌になって千優は手を振り払った。
感じてしまったという事もあるが。
「やめろっ」
「頭感じちゃった? ごめんねぇ」
由那の体の事は本人が一番知っているという事だ。どこを触ると過敏に反応してしまうのか、千優にはまだ分からない。
「千優、昨日シャワー浴びたでしょ?」
「……ああ」
「シャワーは刺激が強いからお風呂なら大丈夫だよ?」
「でも、スポンジで洗った時……」
言いづらくて、口の中でもごもごする。それでも由那はすぐに理解したようだ。
「スポンジは普段用、敏感になってる時はコツがあるんだよ。教えなくてごめんね」
「いいよ」
由那は申し訳なさそうな顔をしながら謝っている。千優はそれもすぐに許した。
由那と近い関係になるまで、千優はもっと心の狭い人物であったが、今は大抵の事は許せるようになった。
自分がどれだけ甘えた人間だったかを知ったからだ。
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