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十四話 作り笑顔
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千優と由那は二人で風呂に入る事にした。
相手は自分の身体だ。千優は客観的に見て、部活をやっていた頃と比べて衰えてしまっている筋肉に肩を落とした。
由那から、感じ過ぎない体の洗い方をレクチャーしてもらう。
言う通りに手で優しく体を撫でるように洗うと、確かに感じる事は感じるが、昨日ほどの強烈には感じなかった。
広い風呂は二人で入って少しキツいくらいだ。お互い向かい合って湯船に浸かった。
今日一日由那の代わりを演じるのは精神的にも肉体的にも疲れていたようだ。お湯の気持ち良さに、千優は溜息をついた。
「ふぃ〜、一日疲れたなぁ」
「お疲れ様〜」
「人がいつも周りにいて疲れない?」
「疲れるよ〜。千優こそ、誰とも会話する相手が居ないのって寂しくないの?」
虚をつかれたようだった。聞かれた事のなかった質問に、千優は唸る。どういう感情で生活してきたのかを思い出してみると、寂しさを感じない事などないのだから。
「いつの間にか寂しいと思わなくなってたなぁ。きっとそう思って生きていたら、惨めだ」
「中学一年の春くらいまでは活発だったよね? 部活やってて、確かハンドボールじゃなかったっけ?」
「よく知ってるな」
「目立ってたし。でも、三年生にシメられて部活やめたって噂で聞いた。言いたくなければ言わなくてもいいけど、あの時、何があったの?」
「俺が調子に乗ってたんだよ。あの頃の俺は、自分がしたい事があれば、やる気さえあればなんだって出来ると思ってた。だから目をつけられたんだろうなぁ」
中学一年生の千優は、すぐにハンドボール部に入った。小学生の頃からやっていて、才能があると大人から言われていた事もあり、天狗になっていたのは確かであった。
友達も多く、慕われていた千優は自信に満ち溢れていた。
だが、それをよく思わない者達がいた。それが中学三年生の先輩達だった。
部内には初心者もおり、先生や先輩が教えたりしていたが、その生徒は少し覚えが悪かった。
ただの親切心だった。千優はその生徒に教え始めたところ、コツを掴んだのか上手くなってきた。
「自分の方が上手く教えられるって、見下してんだろ?」
そう言いがかりをつけられたのがきっかけだった。毎日先輩達に体育倉庫裏に連れていかれ、イジメを受けた。
何度謝っても許してもらえず、暴力を受けるようになった。友人達も千優から離れていく。
一学期を終える頃には、もう退部していた。
人間不信となり、クラスでも孤立していった。家でも反発するようになり、家族とも最低限のやり取りしかしなくなった。
それで構わないと思ってから四年……。
「俺は好きだったけどなぁ。格好良いなって憧れてたんだぜ」
まさか由那がそう言ってくるとは思わず、千優は目を丸くした。
今更そう言われたとしても、あの頃には戻れないというのに。
「そう言われてもな」
「ま、今の千優も嫌いじゃないけど。意外と優しいし」
「優しいって……」
「だってそうでしょ、俺の言う事なんか無視して学校サボってもいいのに、俺の為に頑張ってくれてる。
惚れそうになるよ」
「俺冗談とか得意じゃねぇからやめろよ」
どきっと、一瞬心臓が飛び跳ねそうになって眉間に皺を寄せる。本当に惚れられたらどうしよう、と1種悩みそうになったが──。
「つぅか、お前の事好きな人いるんじゃないのか?」
ピク、と由那の顔が強ばる。少し顔に翳りが差したように見えたが、すぐに由那は笑顔に戻った。
千優があまり好きではない、寂しさを我慢しているような笑顔だ。
「なんで……?」
「えっと、ナオが言ってた。来須に好きな人がいるの知ってるって」
「もう、好きじゃない」
由那はあからさまな作り笑いを浮かべて先に風呂から上がってしまった。
その後から風呂を上がると、来須が飲み物を用意していた。
千優の好きなアップルジュースだ。昼休み等によく飲んでいる事が多い。
「来須、もしかして俺がアップルジュース好きなの知って……?」
「いつも昼休みアップルジュースが机に乗ってるもん、皆知ってるでしょ」
「皆は知らないだろ」
随分周りを見ているものだと、洞察力が優れているのだと、千優は感心した。
「ねぇ千優、早く寝ようよぉ」
由那が千優の自宅から持ってきたパジャマを着て、ベッドに寝そべっている。
「ちゃんと泊まる準備してきたのか」
「もちろん、今日はそのつもりだったしね」
「なんでこっち来たんだよ?」
「千優が寂しいだろうと思って」
歯を見せて笑う由那は確かに楽しそうだ。
だが千優はすぐに考えを改める。由那は笑顔で感情を表現するのだ。
悲しくても、怒っていても、きっと笑ったままなのだろう。千優は、由那ときちんと友達になってその笑顔の意味を知りたくなった。
二人は同じベッドに入った。セミダブルのベッドは広いけれど、二人並ぶと窮屈だ。
由那と接触しないよう端に寄った。
「おやすみ……」
と由那の声が耳に心地良い。自分の声でもあるが、由那が言うと癒されていくような感じがして、力が抜ける。
「おやすみ」
窓から射す日の明るさで目が覚める。寝室から出ると、既に制服に着替えている由那が大荷物を持って玄関にいた。
「一旦荷物家に置いてから学校行くよ。一緒に登校して騒がれても嫌だしね」
そう言いながら部屋を出てしまった。
ダイニングテーブルには朝食。パン、卵焼き、根菜と豚肉の煮物が作ってある。
時計を見るとまだ六時だ。由那の行動は早すぎる。
千優は朝食を食べて、制服に着替えて諸々の支度をしてから七時にはマンションを出た。
学校の最寄り駅に着くと、ナオ、ウタ、ヒイロが待っていた。
「おっはよ〜ん!」
昨日一緒にいて来須の言動や表情は理解した。あとは真似をするだけだ。
……出来ているか緊張が走っている為、ややぎこちない。
「はよっ!」
「おはよう」
「……ウッス」
ナオ、ウタ、ヒイロの順にそれぞれ個性的な挨拶が返ってくる。
「今日は体の調子は?」
「うん、大丈夫。昨日より楽だよ」
ナオに心配され、千優はにっこりと返事をする。
不自然ではないようだ。怪しまれている様子は無い。
「今日我慢出来たら七日目更新か。しなくなれば落ち着くものなのかな」
ウタがジロジロ千優を観察するように眺めてきた。視線で擽ったさを感じる程、熱い眼差しだ。
「すごいすごいっ! 今日禁欲終わったら明日から予約あるけど、大丈夫?」
ナオがぱあっと明るい笑顔で褒めてきた。千優にとって、そのテンションに合わせるのも疲れるものである。
「うん……。大丈夫〜かな〜」
大丈夫ではない。
身体が感じるのは相変わらずで、気を抜いたら性器が勃起しそうになるのを堪えている。
由那のフリをしているのが、ある意味興奮を抑える要素になっていた。この状態で周りに人がいなければ、学校をサボって何度も自慰をしていただろう。
人の前だからという責任感だけで、何事もないよう顔が出来るのだ。
「無理はするなよ」
ヒイロが熱い眼差しを千優に向けた。それは本来由那に向けられるものであっただろう、千優は心の中で謝罪した。
学校に到着すると、昨日とはまた違ったメンツが校門で出迎えた。
今日も知らない生徒ばかりで、もちろん全員顔は見覚えあるが、名前を知らない。
「ユイ君、俺が鞄持ってあげる」
「俺がっ!」
「なんでだよ! 今日は俺だろっ」
急に二人の男子生徒が喧嘩をし始めてしまった。
これには千優も困惑せざるを得ない。
「駄目だよ、二人共! 俺の為に喧嘩しないでっ」
咄嗟に由那が言いそうだと思う台詞言ってみた。その途端、争っていた男二人が、顔を赤くした。
「……二人で持とっか」
「そだね」
二人で仲良く、鞄の持ち手をそれぞれ片手で持つ事にした様子を見て、千優は気持ち悪さを顔に出さないようにだけ頑張った。
「あの二人はユイの事大好きなんだね。ねぇ誰か一人に絞らないの? ほらヒイロなんてユイが大好きだよ?」
「えー?」
ウタが目が笑っていない笑顔で、ヒイロを勧めてきた。ヒイロはというと、ナオと話していてこちらの会話には気付いていない。
これならヒイロを傷付けずに済むと、笑って拒もうとした時だった。
──千優は嫌な予感がした。昨日のウタとのやり取りと、由那のウタに聞きたい事を思い返す。
「俺がヒイロとしたか、心配になった? って聞いてみて」
由那はそう言っていた。
話の流れで聞いたと思っていた。もしそれが由那が聞きたい事だったとしたら……。
「一つだけ教える。犯人は俺に近い存在で、俺が嫌いでヒイロが好きな人だよ」
由那の台詞が脳裏をよぎる。千優は冷や汗と共にウタを見た。
「どうしたの? ユイ」
そう考えてしまうとウタの笑顔を見てゾッとしてしまう。由那の作り笑顔とは違う怖さを感じた。
その怖気を由那も感じていたとしたら。
由那は確信を得たいから、千優を囮にしているのだ。それが分かってしまった。
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