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十八話 放浪する千優
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「今日はバイトもないし、一緒に帰ろう!」
そう千優に声を掛けてきたのはヒイロだった。
HRも終わって帰る時間だ。だが、千優は由那の居所が分からない為、まだ帰る気にはなれなかった。
「ごめん、ちょっと用事ある」
「そうか……じゃあ少しだけ! 話があるんだが、時間をもらえないだろうか」
「少しならいいよ。なぁに?」
ヒイロは目を泳がせた。言いにくい事なのだろうか。
「ここじゃちょっと、場所変えてもいいか?」
千優はヒイロの後についていった。着いた先は屋上の扉の前だ。鍵がかかっているので、外には出れないが、人があまり寄り付かない場所となっている。
「あの、さ。ナオがレオ君に告白するって聞いたんだ」
「うん。そうらしいね」
「だから俺も勇気出そうって思って」
「ヒイロ?」
ヒイロが何を言い出すのか分かってしまった。
それだけに、どういう態度を取っていいのか戸惑う。
木元の時はいきなりだったから驚くしかなかったが、前もって知ってしまうと居心地が悪くなる。
「なぁ、俺と付き合わないか? 大事にしたいんだ」
「──……気持ちは嬉しいよ、ありがとう」
千優はただ由那の代弁をするだけだ。
本当は由那が好きな相手は誰かは知らないが、ヒイロではないと知っている。
由那のヒイロを見つめる目が、友人以下でも以上でもないと言っていた。ここでの正答はNOだ。
とはいっても、告白を断る代弁までは出来ないのだが。
「……ずっと好きだった。お前がアイツらにやられて、身体も心もおかしくなったお前から目が離せなかった」
何の話かは千優には分からない。
分かるのは、由那にそういう時期があったという事だけだ。
「あの時から守りたいって、俺が幸せに出来たらってずっと考えてきた。でもこういうの初めてだし、近くにいられるだけでいいって……そう思おうとしてた。俺は自分から逃げてたんだ」
千優の肩を掴む手に力が入る。男の大きな手で、由那の小さい体を掴まれると、少し痛む。だが、ヒイロの言葉を最後まで聞こうと目を離さない。
「好きだ」
「気持ちだけ受け取っておく。今の俺に答える権利がないから」
「どういう……? ユイ、お前なんか変じゃないか?」
ヒイロは掴んでいた千優の肩を手放し、一歩後退りした。
気付いたのだ。由那である筈の目の前の人物の顔が笑顔ではない事に。由那であれば、こんな時も笑顔を浮かべていたであろう。
申し訳なさそうな、でも崩せない笑顔を。
だが、目の前にいるのは由那ではない。
千優は真面目に口を一文字に伸ばし、ヒイロを見据えている。
「ごめん、説明出来る時に説明する。今はその告白は受け入れられない」
「ユイ……違う。お前誰だ?」
「答えられない。この身体は明日多分だけど来須に戻るから、それまで信じて待って欲しい」
「明日はユイに戻ってるって事か」
「……多分」
千優はこくりと頷く。ヒイロは信じられないような目で見てきたが、受け入れたのだろう、分かったと言って帰って行った。
「悪いな、ヒイロ」
千優はスマホを開いて由那に電話を掛けたが、留守番電話に繋がってしまう。どうやって終わらせるつもりなのか、今の状態が由那の計画通りなのかも分からない。
様々な問題も抱えている状態だ。早く連絡を取りたいのだが……。
『次はヒイロに告られた』
仕方なく由那に一言メッセージを送る。すぐに既読にはなるが、返事はなかった。
このまま由那のマンションへ帰っていいのか分からなくなった千優は、気付くと学校近くの神社へやってきていた。
三十段はある長い階段の奥に境内がある。寂れている割に周囲は誰かが管理しているのか綺麗だ。雑草や落ち葉などがほとんど無い。
千優が小学校低学年くらいまではよくここに来ていた。姉や、友人達に囲まれて楽しくはしゃぎ回った。
ここに来ると、過去の幸せな毎日を思い出してしまうから来たくなかったのだが、困った時はつい来てしまう場でもあった。
境内の近くに腰を下ろして随分考え込んでしまった。スマホを見るが、やはり来須からの返事は無い。
『マンションに帰った方がいい?』
と、送っても既読が付くだけだ。
このままでは由那も信用出来なくなりそうだ。入れ替わったまま元に戻らず、木元と付き合ったら幸せだろうか、と考える。
だが、木元が好きなのは由那なのだ。いくら外見が由那であっても、中身は千優であるからいつかは嫌われてしまいそうだ、と不毛な悩みに頭を抱えた。
辺りは暗くなりかけている。そろそろ帰ろうと腰を上げた。マンションではなく自宅に戻りたくなった。
優しい母や父、意地悪だけど弟思いの姉に会いたくなる。今までは千優が拒んできたというのに、離れるとこうも恋しくなるのか。
嘆きながら階段を降りようとしたその時、背後から誰かが近付いてくるのが分かった。
他にも神社に人がいたのかと千優は疑問にすら思わなかった。
自分が今由那で、狙われている事もこの時忘れていたのだ。
何かが近付いてくる気配を感じて千優は後ろを振り返ったその時──。
パシッ……と、乾いた音が響いた。
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