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十九話 聞きたかった本音
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千優は振り返って息を飲んだ。
そこにはウタと、ウタの手を掴んでいる由那がいたのだ。
二人とも体格差は同じだが、腕力の差があり由那の方が有利である。
ウタが腕を振りほどこうとしているが、その腕を掴んでいる由那の手は離す気がないようだ。
「……ウタッ!」
驚愕のまま動けない。
今、ウタは千優を階段から落とそうとしたのだ。石造りの階段は学校の階段とは訳が違う。
もし死んだらどうしてくれる、と千優はウタを睨む。
「ウタ……、やっぱりお前が犯人か」
由那は泣きそうな顔で笑顔を作り、ウタを見つめている。対するウタは平然とした涼しい顔だ。
「榛名? 犯人って誰が」
「俺、千優じゃないよ。俺がユイ。そっちのユイの中身は千優だけど」
「なにそれ、ふざけてる?」
「ふざけてなんかない、本当の事だよ。
犯人は狡猾だ。証拠も残さなければ、姿も一切見せない。ユイのままだと決定的瞬間に捕まえられなかった」
「それで入れ替わったって?」
「入れ替わってしまった後に、自由な千優の身体ならお前を見張れると思ったんだよ。ねぇ、ヒイロが俺を好きなの、そんなに嫌だったの? 小さい怪我が多かったけど、何度か大怪我もしたんだよ。殺したい程憎まれてたの?」
由那は眉間に皺を寄せ顔を歪ませながら笑っている。それが痛々しい。千優の胸も何故か痛くなったように感じた。
「探って分かった事は、ヒイロを好きな奴で木元ファンじゃない奴って事だけ。俺はウタじゃないって信じたかった」
由那と親衛隊の三人は中学の時から仲良くやってきている。その一人が、陰で守るべき相手を怪我をさせようと企み、実際由那は何度か被害に遭ってきている。
三人の中に犯人がいてはいけなかったのだ。由那にとっての支えなのだから。
「ずっとウタじゃない証拠を探してきた。絶対、ウタであっちゃいけなかった。他の人ならただ与えられる痛みに耐えたよ、……でもウタは」
「俺じゃないよ、今だって声をかけようとしただけさ」
「おい、見苦しいぞ。あんな階段スレスレで静かに近寄る奴がいるかよ」
我慢ならず千優も反論する。
ウタは友達のフリをして、友達ではなかったのだ。
由那の悲しみは、一度人間不信になった千優だから分かるものだ。下手な言い訳をするウタに千優も怒りが込み上げてくる。
「一応言い逃れ出来ないようにこれを手に入れておいた」
由那は手の平に小さい欠片を置いて見せた。半分赤黒い。
「これは朝千優の足を傷付けたプラスチック片だよ。 千優には悪いけど、実は今日一日千優に盗聴器を付けてた」
「えっ!」
「今日の朝、ユイが足を怪我した時、ウタはガラス片だって言ったよね? なんでガラス片だと言ったの? これ、ガラスに見えた?」
由那は悲しく笑いながら反撃に出た。
千優も覚えている。まず最初にウタが「ガラス片だ」と言っていた。
ささっていたそれを抜いたのもウタで、見ているはずである。透明なガラスと透明だが白みがかっているプラスチックは似ていても間違えないだろう。
「勘違いしたんだよ、前に俺もガラス片で怪我した事あったし……」
「ねぇ、もう嘘はやめよう。ウタ……動揺しているのは分かるけど、君が最初にガラス片を入れたから間違えたんだよね?」
ピクッと、ウタが眉を顰めた。
由那はポケットからもう一つ、何かの破片を取り出して、プラスチック片と並べた。それはガラス片であった。
「昨日の放課後、ウタが悪さしてないか調べたんだよ。パターンは分かってるから上履きに何かしてないかも確認した。
千優には悪いけど俺はね、ガラス片をプラスチック片に変えたんだ。俺はウタが犯人だっていう証拠が欲しかった。だから一日見張らせてもらった」
少しでもウタを見逃さないよう、メッセージの返事をしなかったという事だ。
盗聴器を付けていたから、千優に起こった告白も知っている。
ウタはギロッと由那を睨みつける。
由那もウタだけを見つめた。
白状するように、と。認めてくれと言わんばかりに必死な表情でウタだけを……。
「俺じゃないっ!」
強く否定したウタに対して、由那は静かに溜息をついた。
「……君には失望した。まだ白状しないっていうなら、別の証拠を見せようか。昨日、君が俺の下駄箱を開けて何かしてる写真なんだけど……」
「ざけんな」
今まで由那の言葉を聞いていたウタが、一言だけ毒を吐くような声を出した。もう由那に笑顔はない。
ウタの目が翳り、目の奥が闇に染まったように暗くなる。
「お前が悪いんだろ、俺の……俺のヒイロを取るから」
「え、何? 取ってないけど? お前こそ裏でコソコソ陰湿なんだよ、正面から来いっつの」
ウタは悪いのは由那だとでも言うように怒りをぶつける。
言いがかりを付けられて、由那も怒りを露わにした。
「だってお前が悪いんだろっ。同情心だけで仲間集めてさ、ヒイロの心まで盗んで、挙句お前はヒイロには心を向けない」
「ヒイロは好きだけど、友達以上でもそれ以下でもない」
「ヒイロの何が悪いんだよっ!」
「テメーの価値観押し付けんな、恋愛感情はないっつってんだよ、バカ!」
「しかもファンから女神とか言われてさ。ただの変態、ただの淫乱ビッチの肉便器じゃねぇか」
「んだと!?」
怒りが最頂点に達しているようだ。言い合いはエスカレートしていく。
千優はオロオロして何も出来ない。止めようにも、止め方が分からない。
「ヒイロに何度も抱かれやがって、俺はお前となんかしたくないのにっ」
「俺だって、何度もヤッてた相手に殺されかけるなんて思いもしねーわ」
「はっ、その癖、何してもケロッとしやがって! ここから突き落とせば、さすがのユイも平静じゃいられないだろ!」
「お前俺が死んだらどうするつもりだよ、殺す気か!?」
「殺す気だったよ!!」
お互い腕を掴みあって、押し合いになった。由那の方が力があるので、ウタは押し負けている。
「やめてよ二人とも〜」
千優はたまらず二人を横からドンッと押した。押し合いをやめ、離れた二人はどっちも息を切らしている。
お互い喧嘩などした事がなかったのだ、大声で言い合うだけで相当な運動量である。
「……俺はユイが嫌いだ。嫌い。 ヒイロに好かれてるユイが妬ましかった。今日告白するってヒイロが言ってて、ユイを殺そうと思ったんだ」
ウタは溜め込んだものを吐ききったのか、肩を震わせて涙を流していた。
由那はそんな彼を抱き締める。
「ウタ、俺はずっとそれが聞きたかったんだよ。お前の本音、俺への悪意を知りたかった」
「ごめん……ユイ。うっ……本当はユイも好きなんだ。ユイも俺にとって大事な友達で……こんな事思っちゃいけなくて……ごめん、どうにも制御出来なかった」
「ウタ、俺の事好きじゃなくていいんだ。いいんだよ」
それは呪縛から解き放つ魔法の呪文の様だった。
由那はウタの頭を優しく撫でながら、一緒に泣いていた。
「俺のファンから脱退して。親衛隊も俺が除名する。ウタ、俺はウタの事許せないよ」
「ユイ……」
「けど、俺もウタの気持ちに気付かなかったから、おあいこって事で。今後、俺に関わらないでくれ」
由那は抱き締めたままの体勢でウタにそう告げる。ウタは何度も頷いた。
「……それがユイの望みなら」
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