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間章
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人と人が入れ替わる現象は、本当に心が入れ替わったものなのだろうか。
心という、心臓でも脳でも感情でもない概念のような存在があったとして、それが入れ替わったとして、元々持っていた記憶ごと入れ替わるのは不自然である。
千優の場合、由那の身体になったのであれば、脳に蓄積されている記憶も由那のものにならなければおかしいのだ。
となると入れ替わったのは心ではなく、脳の海馬や大脳皮質か? それも否である。
ならば、何が入れ替わったのか。
──魂だ。
魂に刻まれた記憶は、その身体から抜けたとしても消える事はない。入れ替わっても、由那の脳に蓄積された記憶ではなく、魂の記憶の方が優先された。
ある意味、霊の憑依に近い。
千優の魂と由那の魂を入れ替えたのだ。だが長い時間身体から魂が抜けてしまうと元に戻れなくなってしまう。
だから三日間と日にちを決めた。
由那は流れ星が空を飾った夜、悪魔の召喚を成功させた。
魔法陣の中に立つと悪魔はすぐに現れたのだ。彼は黒い靄(もや)を纏っていた。
「我が名はクー。お前の望みを三つ叶えよう。死後、お前の魂は輪廻から外れ、悪魔の奴隷……つまり、半永久的に俺に仕える事になる」
「……いいよ。俺はもう死んでもいいし、願い事も一つだけなんだ」
「良かろう。叶えられる願いは三つというのは変わらない。死ぬまでに残り二つも考えておけ」
「分かった。俺の望みは、一度だけでいいから榛名千優と俺の身体を入れ替えたい」
由那は真面目だった。笑顔を浮かべて言う事ではないのだろうが、彼にとって笑顔を作らない方が難しい。
「そんな事でいいのか? 例えばお前に害なす者に報復してもいいのだぞ」
「それは自分でやる。俺はただ千優に俺の事を分かってもらいたいんだ。あの日、千優に振られた後何が起こってこんな身体になってしまったのかを……。
俺は言いたいんだ。君のせいで人生最悪だってね」
「ほう、それでも好きである事をやめられないのか。人間とは、これ程までも欲深く、自分勝手な生き物だ」
「不自然じゃないように変えられるかな? 例えば俺が階段を昇る千優に向かってわざと落ちた瞬間とか」
「人間の世界なら、一緒に落ちた反動で……と納得しそうなものだな。まったく理屈に合っていないのにな」
そうして始まった入れ替わり事件。それも、もう終わりを迎える。
その終わりを迎える直前、どこかの悪魔の操作によって由那の脳の記憶が、千優に駆け巡ったとしたら……。
※
目の前に映っているのは可愛い女の子だ。
彼女はショーウインドウに映る自分の姿を見て、少し照れていた。
……いや違う、と千優は心の中でNOを出す。目の前の人物は女の子の姿になった由那だ。
由那の脳を通して、過去を覗いていると分かった。
夏に相応しい可愛いリボンのついた麦わら帽子。
白いワンピースに、白いサンダル。
違和感のある髪はウィッグだ。肩のあたりまで垂らした髪は女の子の顔に似合っていて、美少女と誰もが認めるだろう。
千優はすぐに気付いた。三年前告白してきた女の子は由那だったのだと。
由那は照れながらも何度も笑顔を作って、告白の練習をしている。
歩きだして何分か経つと、ウキウキはドキドキに変わり、心臓が今にも止まりそうな程の強烈な緊張感へと変化していく。
それは少女の目の前に千優の姿があったからだ。
中学二年生の時の、目が死んだような自分の顔だ。なんだって由那は自分を好きになったのか、千優は理解に苦しむ。
「……あの、あなたが好き……です」
やはりあの時の記憶だ。
ぼーっとしている千優の姿を、苦々しい気持ちで見る。
決死の告白だ。なのに何故千優(過去の自分)は一瞬驚いた顔をした後に、ヘラヘラしているのだろうか。
「ああ、俺今好きな人いるから」
──不誠実さ。
千優からは不誠実さしかない。深く考えていない、ただ女の子に告白されて喜んでいるだけの馬鹿が目の前にいた。
由那の心がどれほど傷付いたか、由那の立場になって分かる。
由那はその場から走り去り、陰に隠れるとしゃくりあげる様に泣いた。
涙が溢れてはとめどなく流れ落ちていく。
「ずっと好きだったのに、こんな一瞬で終わるもんなんだ……」
ポツリと。由那はそれだけ言うとまた泣き始めた。
今なら由那を抱き締めてあげられる。泣いている彼を慰めて……。
だが、由那の話は失恋で終わるものではなかったのだと、初めて千優は知る事になる。
「可愛いね、どうしたの?」
その時、来須に話し掛けてきた大人がいた。
下衆な笑みをたたえながら。
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いつも読んでくださってありがとうございます。
前回、投稿の順番を間違えてしまっておりました。
間章の後に二十一話となります。
ご迷惑お掛けしまして申し訳ありません。
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