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二十一話 由那の過去①
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千優は目が覚めてバッと体を起こした。
「なんだったんだ、今の……」
今の夢は、一体……そう考えようとして目を開けて硬直した。
壁にはアニメのポスター、ベッドとテレビとゲーム機で狭まる十畳の部屋は千優自身の部屋だった。
部屋の鏡を見ると、千優は元の姿に戻っていた。
今まで夢を見ていた。夢という名の由那の過去を。
忘れないよう思い返す。
※
物心ついた時から由那は父親と二人、父子家庭だった。
それに疑問を持つこと無く、周囲も母親がいない事に対して何かを言ってくるわけでもなく、順風満帆に幼少期を過ごしていた。
友達も数人いて優しい父親と幸せな生活。
不自由なくずっと幸せなままでいられると信じていた。
ある時、由那が小学六年生の夏に父親が知らない女性を家に連れてきた。
「この人が由那のお母さんになる、山本穂花さんだ」
父親の言っている意味が由那には分からなかった。
お母さん、その単語を聞いてもピンと来なくて由那は呆然と父親とその隣にいる女の人を見ていた。
二人を見て湧き上がったものは嫉妬心だ。
父親を知らない女に取られる……拒否反応が起こりイライラしているが、それを表に出す事が出来ない。
控えめな性格だと思われがちだが、胸の中は激しい嵐のようなものを持っている。
そんな由那が反対出来なかったのは、父親が幸せそうな顔をしていたからだった。
邪魔してはいけないような気がして、母親を受け入れる他なかったのだ。
結婚式を挙げ、一緒に過ごすようになってから家族が増えた実感が湧いてきた。
それは同時に由那の居場所が減ってきたからだ。
今まで自由に出入りしていた父親の部屋は、夫婦の寝室となり、入れなくなった。母親は女性だからあれこれ気を使う事も増えた。
由那の中で不満だけが湧き上がる。
母親は口数の少ない人だ。
必要最低限しか話さない。それも由那の不満を加速させていた。
父親の前でもあまり話さないが、父親はその女が何も喋らなくても全て分かっているようであった。
確実に愛し合っている事実を受け入れたくなかった。
父親の幸せそうな顔を見ると不快感を顔に出せない。由那は母親を受け入れているという顔をずっとしていた。
その女を嫌いじゃないフリをした。
やがて父と義母の間に子供が出来た。
「わぁ俺に弟か妹ができる! やった!」
由那はわざとらしく喜んでみせた。
子供なんて冗談じゃない、居場所が更になくなるような気がして身震いする。
今以上に窮屈な思いをする事は耐えられない。
由那は遠くの私立に進学するという名目で家を出る事に成功した。
入学しようと考えている恋坂中学校の近くに、放置している分譲マンションがあった。
実の母親の持ち家で、父親が受け継いだが、どうする事も出来ずにいる部屋である。
学校は中高一貫で、由那の実の母親の兄、つまり伯父が養護教諭として勤務しており、由那の面倒を見る事を了承してくれたのだ。
由那は中学から晴れて一人の身となった。
まだ学校が始まる前、引っ越しを全て終えた由那は、初めて会う伯父に会いに行った。
乳児期の時に会っているらしいが、さすがに覚えていない。
由那の住む部屋から徒歩五分のアパートに住んでおり、チャイムを鳴らすとすぐに伯父が顔を出した。
「あ、あの……来須由那です」
陰気な男がのそりと玄関から出てきて俺を見下ろす。
引きこもりかニートか、そう思わせるようなだらしない雰囲気醸し出しているが、一応私立校の養護教諭だ。人を見掛けで判断してはいけない。
「……あ、あの?」
由那が不安げに声をかけてようやく、
「柏田隆だ。初めまして」
と返事をした。
「柏田、さん」
「隆だ。入りなさい」
ふっ、と口角を上げる表情は優しくて、伯父は不思議な人だと思った。
隆は面倒見の良い人だった。
部屋に招くとお菓子やジュースを用意して色々気にかけてくれる。
だが、それは妹の息子だからだろう。
隆は由那が部屋にいた約二〜三時間の間電話に出たり、ずっとパソコンに向かっていた。
仕事とは別にボランティア活動をしており、カウンセラーとして日々忙しいらしい。
由那は邪魔してはいけないと思い、隆のアパートにはあまり近付かなくなった。
たまに心配した隆が由那に電話をしてきたが、たわいのない話をするだけ。
由那にとっては無意味な行為だった。
普段無口な隆は電話では饒舌で、電話でも由那を気遣ってくれるのが分かったけれど、それでも気を許す事が出来なかった。
元来、由那は人見知りが激しい。周りの助けがなければ何も出来ないのだ。
一人暮らしになって、家事は昔から父親と分担していたので困る事は特になかったのが幸いだった。
そして一人暮らしを始めてから数日後、入学式の朝。
由那は余裕を持って制服に着替え、恋坂中学校へ電車に乗り、学校の最寄り駅から降りて歩いていた。
その日は快晴で、そよぐ風も涼しく気持ちが良い。
ドン、と。
すれ違った人と肩がぶつかった。
「なんだよテメェ」
高校生くらいの大きい男に胸ぐらを掴まれた。
胸ぐらを掴む男からも、その後ろでニタニタと嗤う男からも、向けられる悪意を振り切る術はなかったのだ。
周囲も遠巻きに眺めたり、顔を背けて通るだけで助けは期待出来なかった。
「今ので俺の制服汚れたんだけど!」
だが、由那は怖いもの知らずでもあった。
「おっ……俺のも汚れたんだけど」
ついそう言い返してしまった。
男の顔は怒りの色を濃く浮かべ、胸ぐらを掴む手とは反対の手で拳を作り、由那に振り下ろした。
殴られる! と咄嗟に身を縮こませ、目も固く閉じた。
……が、なかなか拳は由那を襲わない。
恐る恐る目をゆっくり開いていく。
そこには由那の前に立ち、男の拳を掴んでいる少年がいた。同じ新入生だろう、汚れのない綺麗な制服は着られている感じがあった。
「んだぁテメエ!!」
殴ろうとしていた男は更に怒気を強め、怒鳴ってきた。
体が竦み縮こまる由那の腕を掴んだ、少年漫画のヒーロー然とした少年は、不良から手を離して由那を連れて逃げた。
その少年との逃避行は、何故か駆け落ちの様にも感じられて、少し胸が高鳴った。
どこまでも走って、このまま二人で遠くに行きたい、なんて。
気付くと校舎の中に入っており、少年はじゃあと手を振って去ろうとした。
「待って!」
呼び止めると、少年は首を傾げながらこちらを向いた。一瞬で恋に落ちた。
彼の顔は自信に満ちて、輝いていた。憧憬と嫉妬と恋慕、色々な感情が溢れる
「あ……あの、ありがとう! 名前を教えて欲しい」
「榛名千優。同じ一年だろ? 同じクラスになったらよろしくな!」
千優はその言葉を残し去っていった。
自分がそんな事をした記憶はあるのだが、由那目線で見ると格好つけていたなぁと千優からしたら照れしかない。
入学式には父親と身重の母親が来ていた。もちろん由那は母親を気遣い、来てくれた事に喜んでみせた。
由那は、学校が始まるとすぐに千優を探し始めた。同じクラスではなかったので、一クラスずつ覗いて見ていく。
すると一年一組……千優は、由那の三つ隣の教室にいた。
「……千優君」
実際由那が千優に呼びかけることはなかった。口の中でモゴモゴと音のない声で呼ぶ。
遠くから見つめる、という軽いストーカー行為を続けた。
千優が自信満々に部活をしていた時も、部活を辞めて孤立し始めた時も。由那はただ見つめていた。
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