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二十五話 語る事実は残酷で
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「あ、あのっ」
授業が始まる10分前、千優は前の席に座る男子に声を掛けた。名前は知らない、顔だけ知っている程度の認識しかない相手だ。
「何?」
その男子は千優が話し掛けた事に驚いて目を丸くしている。ほとんどのクラスメイトが千優の声すら聞いた事がないだろう。
授業で先生に当てられても無言のままなので、テストで良い点を取っても、成績に響いている。
「来須、の事、なんだけど……」
由那の代わりをしなければ、という責任感がなければこんなものだ。四年程会話らしい会話をしていない。初めて声を掛けるのも勇気がいるが、話を続けるのも難しい。
由那相手だと饒舌だったのに、おかしいなと千優は心の中で首を傾げる。
「千優ってスグファンだよな? ユイ君が気になるの?」
「……俺がスグファンって、知ってるのか?」
「うん。うちらの学年ってさ、意味分かんないけどユイファンかスグファンでクラス分けるじゃん。
だけどユイの我儘で君だけ同じクラスになるようにしてるって、ユイファンの中じゃ有名。
だから皆から嫌われてるって、君知らないでしょ?」
初耳だ。
だが、以前由那が「俺のせいで千優に友達が出来ない」と冗談交じりに言っていた。
それを思い出した千優は、色々な事を納得した。
「そうだったのか……アイツ……。あの、来須なんで学校来てないか、知ってるか?」
「君には話さずに行っちゃったのか。ユイ君ね、昨日で退学したんだよ。
先週ファンミーティングがあったんだ。ユイ君が伝えたい事があるって。ようやく自分の望みを叶えられそうだから、終わったら退学するって」
「え、でもそれ……聞いてないぞ。先生も何も言ってないし、親衛隊達だって」
「あの三人と君には言わないでくれって。自分から言いたいんだって」
さすがは由那が信用しているだけある。ファン達は由那の言う事は必ず聞くのだろう。
千優は予想外の事に驚きを隠せない。
「俺、あいつに用があるんだ。どうしたら……あ、メッセージ送れば……」
「やめとけば? 君はユイ君に惚れられてるの知ったんでしょう? 一度は振ってるし、スグファンだし、ユイ君は君とはもう関わりたくないんだと思う」
「でも、友達なんだ」
「中一の時からユイファンしてるから言うけどさ、あの子の愛って本当に重いんだよ、君に受け止められる度量があるとは思えない。
それに失恋しているのに、友達として付き合うなんて、出来るわけないだろ。なぁ、まだアイツを苦しめる気か?」
目の前のクラスメイトは真剣な目で千優を見つめてそう言った。気付けば他の者達も、彼の言葉を聞いている。
「そこまでにしてあげて。榛名は何も知らないんだから」
そこにナオが割って入った。ヒイロも一緒だ。
「何も知らないってわけじゃ……でも、来須は折角出来た友達なんだ。学校辞めたからって、はい分かりましたって頷けない」
「けど、吉澤の言う通りだよ。これ以上の榛名の介入は、ユイの心を傷付ける」
千優はここで初めて前の席のクラスメイトの名が吉澤だと知った。
「絶対傷付けないようにする」
三年前の告白の時、適当な返事をした事を今は悔いているのだ。このまま終わる事など出来ない。
千優の真剣な思いは届いたのか、ナオが頷いた。
「分かった、俺から後でユイに聞いてみる。それまでは榛名から連絡はしないで欲しい」
「分かった」
「あと、俺らは榛名から話が聞きたい。昼休み、一緒に飯を食ってもいいか?」
暗い顔をしたヒイロが千優に問う。話の内容は、入れ替わっていた事と、ウタの事だろうと想像がついた。
千優は迷わずに頷いた。
昼休み、千優はナオとヒイロと地学準備室に入った。由那と木元が密会をしていた場所だ。
人が来ないので、秘密の話にはうってつけである。
机や椅子はないので床にそのまま座ると、先にナオが話を始めた。
「まず俺から。ユイに聞いたんだけど、榛名とは話したくないそうだ。目的は果たしたから榛名の事は忘れたいと返事があった」
ナオは由那からのメッセージを千優に見せた。その通りの事が書かれてあり、千優は胸が痛くなる。
「……そうか」
納得は出来ないが頷くと、次はヒイロが話を始めた。
「今日の朝、ユイが俺ん家に来たんだ。昨日で退学したって聞いた。ついでに俺の告白は断られた。
それと、後の事は榛名に聞けって言われた」
ヒイロは何も納得していない。千優に納得のいく説明を求めていた。それはナオも同じだ。温厚で優しげな彼も真剣な目を千優に向けている。
「えっと、信じてもらえないと思うけど、俺と来須は昨日までお互いの中身が入れ替わっていたんだ」
「にわかに信じ難いが……じゃあ昨日俺が告白したのは」
「俺だよ。ごめん、俺が聞いてしまって」
「……そうか。まぁ、それは榛名のせいじゃないんだろう」
ヒイロは項垂れて全身を震わせている。顔が赤くなっているところを見ると、照れているようだ。
「それ、今朝ユイから聞いたんだよ。電話でさ、ヒイロに会って話す事があるから、ナオは電話でごめんって」
ナオは思い出して、悲しそうな表情を浮かべた。彼も由那と顔を可合わせて別れたかったのだ。
「もうウタとヒイロには会えない。本当に友達だったのは俺だけだって。まぁ俺は来月会う約束してるけどな」
「最初から友情なんてなかった、俺は元々ユイのファンだし。でもウタは? アイツはいつもユイの事考えてたじゃねぇか」
沈む二人に、更に言いづらい事を言わなければならない。千優は意を決して話しだした。
握る手に汗が滲む。
「これも信じたくない事だと思うけど、来須にずっと嫌がらせをして、怪我をさせてきたのはウタだった」
「なっ──!」
「お前っ!! そんな嘘だけは許さねぇ!!」
驚いて固まるナオに、千優の胸倉を掴んで怒鳴るヒイロ。千優は事実を伝える事しか出来ないのだ。
だが由那の事を思うと、誤魔化す事は出来なかった。
「本当だ。来須は俺と入れ替わった後、ボッチの俺の立場なら自由に動けるからって犯人探しを始めたんだ。
俺はヒントを聞いていたのもあるけど、来須になって三日目ですぐ気付いた、ウタが犯人だって……」
優しい笑顔を浮かべていたウタだったが、目が笑っていなかった。あの時恐怖を感じたのは、元来人間が持つ危機察知能力が働いたのだと千優は思っている。
だが、まだヒイロは信じられない。
「根拠は? 俺はウタの事、疑えない」
「根拠も何も。昨日俺は、ウタに学校近くの神社の階段から突き落とされそうになったんだ。ウタを見張ってた来須が助けてくれなかったら、死んでたかもしれない」
その時の由那とウタのやり取りを説明すると、ナオとヒイロはようやく納得した。
重々しく眉間に皺を寄せ、無言になる。
「それで、来須はウタを親衛隊から除名して、もう俺に関わるなって。その後、ウタと別れた後泣いてたんだ」
激しく泣いていた由那を慰めて、それからセックスまでした。由那の望みとは、最後に千優と交わる事だったのだと、今なら分かる。
「アイツ……ユイを苦しめやがって! 許さねぇ」
「まさかウタが。信じたくないよ」
ヒイロは怒り、ナオは悲しんでいた。
だが、二人に全てを話したのは、千優自身の望みを叶える為でもあった。
千優は遠慮などしない。自分の意思を二人に告げる。
「今はそんな事はどうだっていいんだ。俺は来須に会って言わなきゃいけない事があるんだ。
アイツの実家の住所を教えてくれ!」
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