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ゆうこさん
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思ったこと、見たこと、喋ること、感じること、全部、自分だけのものにはならない。
他人がごみにして捨ててしまう。
いつもそうだ。
「俺は──お前も、思い出にしてしまう。全部、本当は、なにかを感じちゃいけない。なにも考えちゃいけない」
日記もつけられない。絵日記もだめだ。
違う、本当はつけられる。
それをしたら、どんな目に合うか。どう勝手に言われるか。どうして決められなくちゃならない。
俺は生きて、今此処に居る。これは、心だ。
何もかも、俺の──
──こんなこと迷うなんて変な話だろ? なんで他人が思ったことを曲げて、意見して捨てるんだろう。
本当は何を考えて、何を感じても、どう見えても、そんなの関係ない。関係あるわけないね。
俺が、居る場所で、俺の考えたいことが、そこにあるだけなんだよ──
どう見えようとそれはお前の押し付けで、知るかって。
でも、世間は、
「お前も、みんなも、思い出さえ残らなくて、そしたら、何が、残るんだ?」
────みんなみたいに、ならないで
「──おーい、降りるぞ」
目が覚めて、首を傾げて、数秒考えて、
「────今は、いつ? 何年?」
聞くと界瀬が『今年』と『今日』を答えてくれた。
「──あぁ……そう、か」
「寝ぼけてるのか?」
「ん……」
辺りを見渡す。夜。車内だ。
「夜」
「身体、大丈夫?」
隣に座っている橋引が不安そうに聞いてくる。
「大丈夫……最後までしなかったから」
数秒、ぽかんとしていた橋引がだんだんと顔を真っ赤にし、やがて界瀬を睨んだ。
「信じらんない……このっ、大変なときにっ……!!」
界瀬が慌てる。
「うわっ、いやっ、あのっ! 色っ、それは言わなくて良いんだよっ!!」
「『他の男にもしてるのか?』 って、聞」
「わーっ、わーっ!?」
「あらぁー……嫉妬深い男は嫌われるわよ?」「橋引さんっ、これはですねっ!」
面白いなあ、と思いながら、車の外を確認する。
ゆうこさんの家。西洋風の、立派な門構えが見える。此処、あまり来たくないんだけどな。
界瀬が車から降りて行き、俺をあとに続くよう促す。
「立てない」
シートに腰掛けたまま、身体が動こうとしない。
「……」
界瀬が両手を伸ばしてくる。
「ほら、おいで」
ゆっくり、身体をスライドさせていき、彼のそばに行く。半分支えられるような感じに車から降りた。.
「……歩けるか?」
界瀬が聞いてくるが、何も答えられない。
足に異常は無いのだが、頭の中だけ走馬灯……じゃなくて情報が走っていて、目の前の風景に追い付いていない。さっきまで夢を見ていたのもあるが、金縛りみたいなやつだ。たぶん。
「うー……」
なんというか、頭がぼんやりして、身体が重くて、ちょっとの動作すら力が入りにくい。
「とりあえず引っ張ってくよ」
界瀬は言うなり俺の腕を引いていく。歩いてるのかほぼ引きずられてるのかわからない感じで先へと歩く。
夏々都は常にこの状態なのか。
彼は常にまつりの側を引っ付いて歩いているらしいが、なかなか狂気の沙汰だ。日常的に『これ』で過ごすなんて、どう考えても恐ろしい。
よく発狂しないものだ。
「そうだな……あいつらも、ちょっと変わった関係だったな」
心の声が聞こえたのか、界瀬が呟いた。
「抱っこしてやろうか。まつりはそうしてたんだろ?」
「いいよ、俺、大人だよ」
「遠慮すんなって」
「それより、まつりと夏々都と言えば、毎日おはようとおやすみの──」
「たまに夜勤あるし、生活リズムから揃えなきゃならないぞ」
「やっぱり身体大丈夫じゃなさそう」
橋引がちょっと不安そうに呟く。
「大丈夫……だと思う」
短めの階段を上り、チャイムをならす。
呼んだくせに、なかなか、出てこない。
「あー-いろいろうざい!」
中から、格闘するようなドタバタとした音。
そして何かを咎めるような声が響いてきた。
「とある広報誌を私が担当で作成中なんだけど、他の人の意見も見てもらってということでだいぶまとまってきたのね、あのババアが譲らない部分と上司との意見が合わず、どちらも折れず...私は板挟み!」
そりゃぁ、ババアの言うこともわからなくはないよ。けど、上司の言うこともわからなくもない。上司が言ってるんだしと思うがババアは折れずに私に文句。直接上司に言ってもらったがなかなかまとまらず最終的には上司の意見を通したけど、当たり前のことだよね!
マシンガントークが止まらない。
「どんだけおまえは頭がかたいんですかー-?
というか折れるということをしらない。
その後上司のことをぼろかす。どこまで頭かたく、えらいご身分なのですか?と聞き返したかったくらい(もちろんしない)
人のことをばかにしすぎ、自分の家族のことは自慢げに言う、なるほどね。
それに虚言癖ある、こわいこわい。初めからこいつはえらそう、ずぶとい、あつかましいやつだったから人間腐ってる!」
ばん、と、ドアの音がして、ゆうこさんがどしどしと玄関まで歩いてきた。
ゆうこさんがどれだけ偉い身分なのかも、自分だって人間腐ってるとか言っちゃってるけど、とか思うけど、事情が俺にはわからないので、何も言えない。
「こんばんは」
「こんばんはー! イケメンたち!」
「イケメンは名前じゃないって、何回も言ってるでしょ。帰りますよ」
界瀬が呆れる。厚化……いやバリバリメイクの中年お姉さんが、嬉しそうに俺たち?を歓迎する。
「あらつれない。色ちゃん~! あがってあがって」
界瀬の後ろに気がつき、猫なで声で手招きされる。
「あいつは、そういうのだめですからね」
界瀬がゆうこさんになにかを牽制する。
「えー」
「えー、じゃないですよ。ちょっと目を離したら廃人の手前くらいになるんだから、洒落になんないし」
「とか言って、自分はー」
「俺は良いんだよ、一般的な付き合うとかそういうのが軽いノリにならないって言ってるん」
「保護者面しちゃって」
「帰っていいですか!?」
橋引が、あたし居るんだけどとじろっと睨んでいる。おばさんとは相性悪いの、らしい。
「まぁ、無理するなよ」
「ありがと」
なんだかんだ言っても界瀬は、おばさんとも会話盛り上がれるよなぁ。
と玄関で待たされる二人、ぼんやり考える。
こうやって、何かを思う、瞬間は、許される、と思うとぼんやりは何物にも代えがたい貴重な時間だ。
(1月15日16:50─1月17日2:58─1月18日23:50)
界瀬が中に入っていく。
俺たちも後に続いた。
なんだか、懐かしいね、と橋引の方を向く。
彼女は「そうだね」と寂しそうに笑った。
「あのときは一緒に買い出しに行って、本当に事務所で作るんだもん……
びっくりした」
仲間が増えて、嬉しかった。確かそう記憶している。
なんだか放って置けなくて、あの子の未来に触れてしまった。
「俺も、簡単な料理ならするんだよ。あとは細かいレシピがあればかな」
「ふうん。なんか、嬉しそう」
現在、未来、終焉。
絵を描いても、日記をつけても、誰かの目に触れれば勝手に判断されてしまう。そのことにばかり気を取られて怖がっていたとき、作って、仕上げて、食べる、完結したそのルーチンが、誰かに触れてもそれを何か言われないで完成することが『なんて奇跡の行為だっただろう?』
家で作るぶんには美味しいかまずいかの予測くらいしか、障壁が存在しなかった。だから、橋引と一緒にそれが実行できてうれしかった。
未来がとかなんとか言われて勝手に発狂されてあれこれ言われるのは、人間性を勝手に否定されているのと同じだ。
どんな理由があろうと勝手にずかずかと踏み込んで良い領域だとは思わない。
それが無い行為があるのが嬉しくて。
――俺も、能力者なんだよ。
口で説明してわかってもらえるかわからないけど。
あの子は、私も宇宙人なんだ、と、元気よく笑ってくれた。
「でも、界瀬のご飯、美味しいんだよね」
「だからっ! 夜になんでっ ゆうこさんに ぶりの照り焼きなんですか」
界瀬の声がキッチンから聞こえてくる。
そーっと角を曲がってそちらを覗くと、テーブルにバットを出して、ぶりの切り身を並べていた。
「いいじゃない」
「玲奈も居るよー-! 界ちゃんの為に、意地でも居るよー!」
にょきっとテーブルから生えるように、ショートヘアの高校生くらいの女の子が現れる。元気いっぱいだ。腕から先が欠損しているようで、丸みを帯びた独特の形状の腕の先に、アームを付けている。電車の事故の影響らしい。
「界ちゃんの照り焼きっ。好き」
「ほう、モテモテだな」
塩を振っている界瀬を遠巻きに見ながら、ぽつりと呟く。無表情。
彼は、やや苛立たし気に、でも、てきぱきと、たれを用意すると、「これで、浸けて30分くらい置いとくんで!」と言って、ゆうこさんたちを後に、俺の腕を掴んで、廊下に引っ張っていった。
はー、疲れた、とぐったりした後、急に真面目な顔になり「違うからな」と言われる。
こう、真面目に言われるのも、なんだか、もぞもぞして、変な感じだ。
「ゆうこさんと楽しく話してたな」
「いや……あれは反射というか、別に楽しさとかねぇから……ほんとだから」
反射的にでもそんな高いテンションで会話する気力がない俺にはよくわからない。
「間に入っても良いんだぞ」
「どうやって? この雌豚! とか昼ドラごっこすればいいの」
「話を変な方に深くするんじゃねぇ。でも、良かった、そういやお前も妬いたりするんだよな」
「べつに……好きな物が、『秒単位でも確実に所持出来る』だけで、充分に、幸せだよ。俺には、それだけで……」
時間には逆らえないけど。
「『それ以上』をどう受け取って良いのかは、これから見つける」
雪。
――ね、ね、雪、綺麗だね? 冬。雪だね? 思い出す?
あの人、に報告する。
雪、破ってみる?
外に。
雪、思い出す?
雪は誰の恋人? お空の持ち物?
何か思い出したとしても、誰かが何か感じても、手では破れない、大きな空。
人類が描き切ることのない、宇宙。
未来、なんて言葉で傷つけ、人間性を抉る人の居ない場所。
「泣くなよ」
そっと、頬に手が触れる。
「…………」
「俺が居るだろ?」
「わかって、るけど」
分かり合えない人、関わってはならない人というのが絶対的に存在する。
完成された仕組みの中、その中の住民である彼等。
結局『その世界の住民』なので、『悪くない』
悪くない彼ら、彼女らをどうこうするのはただただ、悲しく、痛くて、
目の前に存在するだけで、互いが耐えられない。
『悪くない』だから、さよならした。あの人を思い出した。
30分後、ぶりの照り焼きを橋引やゆうこさんたちが焼く間。
キッチンにぞろぞろ居ても邪魔なので追い出された。
彼にはわかっているのだと思う。
ゆうこさんが、夕飯を作らせるのは、単なる口実。本題はその先。
(2022年1月21日2時59分)
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