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仕方が無い
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――夜の車道は空いていて、俺たちの乗る車の音だけがする。
「好き!」
「あぁ」
狭い車内。色は俺にしがみついていた。
頬をつんつんしてみると、彼はふにゃんと笑った。
「すき、すき、好き……!」
「じ……時間差!」
頬擦りされて、なんの攻撃なんだと頭を抱えたくなる。
「えへ、へへへ……すき!」
「ああ」
目の前の彼はいつもよりちょっと良いスーツだ。よりスマートな感じが出ていて、こう……ずっと見ていると、普段以上にそわそわしてしまう。
なんだか、いけない雰囲気になったらどうしよう、と、目が泳ぐ。
「……えっと」
橋引さんはつっこんでくれない。
ちなみに運転手は相変わらず無言。
(さぁ! 運転、運転……! と言い聞かせているのが伝わる)
「仲が良いのは良いことだね」
橋引さんが棒読みで言いながら、窓の外を眺めている。
「……おう」
目的地に向かって、車で移動中。
久々に真夜中も行動。
式場に戻って大丈夫なんだろうかと思いはするのだけれど、色もかなり迷っているようだけれど。麻薬のことが気になる。
それに結局どこへ逃げたって、あいつらはこっちを追いかけ続けるだろう。
(っていうか、こいつもこの調子じゃ、相当疲れているみたいだけども……)
「色……えっと、その」
「今日は、かいせも一緒だね!」
「そ、そうだね(?)」
…………。
優しくなでるくらいしか出来ない。
体調を気遣うだとか、なんか気の利いたなんか、無いかな、と思うのだが、動揺でそれどころじゃない。
そいつを引き寄せて、ぎゅっと抱き締める。
漫画みたいに、いつまでもガタが来ない人間はいない。
どんな力も、命を削っている。
僅かな居場所にすがり付くしかない自分たち
を嘲笑うみたいに、ゆう子さんはその命の価値を売り渡している。
「……色」
お前も、どこに居てもそうだったのかな。
淀んだ目がぼんやりと、揺らいでいる。
抉るような、突き刺さるような、鋭い心の痛みが、幻肢痛のように肌に伝わる。
「おにぎり、持ってくれば良かったな」
色は俺から離れると、座席にもたれ、ポケットから小さな手帳を出して、なにかを書き始めた。
おにぎり。という文字。
サンドイッチ。
お寿司。
カルパッチョ。
それから…………、うーん、かげになって、ここからじゃなにか、わからない。
大人が描く小学生の絵日記みたいなそれは、大人びた字や見た目から受ける、彼の済ましたイメージよりずっと幼く、ちぐはぐだ。
だけど、だからこそ楽しそうな印象を受ける。雑じり気のない純粋な言葉。
──王子とかホストとかあだ名が散々だぜ。お前は良いよな、なんか普通に平凡な意味で女子受けしそう。
──ところが、俺いつも見た目よりずっと幼いって言われてフラれるんだけど。
──あー……言われてみればそうか。
ずっと心を聞いてたから、あんま考えたことなかった。
──彼女とか、楽しませるの、苦手だし……
ずっと、ぼーっとしてる。
──嘘つけ。橋引とは意気投合してたじゃねぇか
──あれは、特別だよ。たまたま気が合ったから仲良くなっただけ。
界瀬は心があるから良いと思う。
心が無いと、世界中に怯えなくちゃならない。
──良いのかねぇ……ありすぎても困るんだけど
──いっぱい、お話出来て、楽しそう。そんなあだ名がつくくらいに弄られて羨ましい。
──……う、うーん。よくわかんねえけど、ありがとな。
──王子ー!
──おい。
──まっ、ここには『あの人』も、居ないから。好きにすれば良いんじゃないか?
──うーん、好きにするって、なんだろう。
ごみ袋がガサガサするの聞くと、今でも書類描くのに冷や汗が出る。
誰かが見ていると思うと、
俺は、生きてちゃいけないんだ、って、
生まれなきゃ良かったって、
心なんか
仕方がない、悪くないんだ、だって俺はなにも考えちゃいけなくてなにも話しちゃいけなくて
──あの人に会っても苦しむだけだから。
俺は普段からずっと事務所に居るんだ。
謝るとか謝らないとかじゃない。
居るだけでどうしようもなくわかりあえない人って、居るんだよ。
「はっしー、宴会って、なんか美味しいものあるかな?」
「さぁー、ほとんどつまみじゃないの?」
「つまみかー……界瀬はなんか食べたい?」
「え? あぁ、そうだな……寝たい」
「確かに、夜だもんね」
「朝になりかけてるけどな」
橋引と話していると、色が小さく呟いた。
「必ず捕まえてやる。そこ、動くな」
2022年2月9日4時51分─2/104:18
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