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2章『それも宙を掴むようなもの』【side アスト】(1)
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アストはこの上なく不機嫌だった。
なぜ自分と“彼”はこんなところに居るのか。
相手が気まぐれで奔放な男だということはよく理解しているつもりだが、今回に限っては少しばかり勝手が違う。
プライバシーを何よりも大事にし、自分の事を極力他人に知られないように生きる秘密主義のこの男が、まさか団員達を別荘に招待して数日を共に過ごすなどと言い出すとは、夢にも思うまい。
まったくどういう風の吹き回しだというのか。
次々と沸き上がってくる苛立ちを鎮めようともせず、アストはとっくに味のしなくなったガムをしつこく噛み潰していた。
(僕が家に行きたいと言っても一度だって入れてくれたことなんかなかったのに!)
自宅と別荘とでは違うのだろう。それはわかっている。
でも、恋人であるはずの自分が1人で踏み込むことを許されなかった彼のテリトリーに、「他人」でしかない劇団員たちがあっさりと招き入れられるというのは、そこに自分が含まれていたって全く不愉快きわまりない。
あの男はいつになったら自分を安心させてくれるのだろう。
(ああ、気分が悪い。ボーデンの恋人は僕なのに! …僕、なのに………)
………………。
考えないように努めていることが、ぐちゃぐちゃになった頭の中で存在を主張したがっている。
―――僕は本当に、彼の恋人なのだろうか?
本当はいつだって心の奥底には疑問を持っている。
アストだって、一度も愛を囁いてくれない相手に対して何の疑いもなく愛されていると思い込めるほど幸せな奴ではない。
でも、彼はいつでもアストのことを傍らに従えていてくれる。アストが求めれば、溺れるようなキスを与えてくれる。セックスに至っては、彼のほうから求めてくれる。
たとえ場所が彼の家以外に限られていても…。
雄々しい肉体に包み込まれると、この幸せの中にいるのが本当に自分だけなのかと、必ず不安になってしまう。
だから毎回、しつこいと思われるのを承知で尋ねてしまうのだった。
その答えはいつでも「お前だけだ」。
だからアストは信じている。自分だけだから、他に代わりが居ないから。だから自分は彼の恋人なのだと、………勝手に信じるしかなかった。
他に愛されている人間が居ないからといって、決して自分が愛されているとは限らないなどとは、考えないようにするしかなかったのだ。
◇◇◇
『《調和(ハルモニア)》が完成しました』
―――それは、何?
あなたは、何に執着しているの………?
◆◇◆◇◆
腹を立てたまま眠ってしまっていたことに気付き一瞬焦ったけれど、時計を見ると5分程度しか経過していないことがわかり、ひとまず安堵した。まだ島には到着していない。
上のほうではジュニア団員達が珍しい魚がいるだのとわあわあ騒いでいるので、ここは幼稚園かと腹の中で毒づいた。
…自分を棚に上げているのはわかっている。
何をする気にもなれないけれど、仕方なく客室のソファーからのっそりと立ち上がる。
それと同時にやたらと小さな音で扉が開かれ、誰かが入室してくるのが見えた。
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