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渡辺くんの系譜。
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***
渡辺家に代々伝わる古い書物にもその名は記されている。前鬼と後鬼。実際にいたと言われるつがいの鬼。だが討伐記録には載っていない。また討伐対象ともされていない。なので彼らの記録は極めて少ない。彼らについて退治屋が持っている情報は皆無。
「あら、珍しい。貴方が書庫に来ることもあるのですね」
書庫の入り口に見慣れた着物を見つけ開いていた書物を仕舞った。時計を見ると朝方の六時。家を出るにはまだ早い。嫌なタイミングで捕まった。
「お母様こそこんな時間に書棚の整理ですか?」
母と呼んだ相手は入り口で持ってきた灯りを消すと「違いますよ。」と小さく返事をした。
「お祖父様が記録を持って来いと仰るものですから」
お祖父様とは母の、ではない。僕の、だ。
この家の最家長でつまりは退治屋と名乗る本家本元のトップ。記録とは討伐記録のことだろう。過去の栄光が詰まった討伐記録。祖父は常にそれを見て充足感を得る。
「貴方は?」
「…授業で渡辺の話が出たので少し気になって読み返しを」
膨大な数の書籍。ここにあるのは全て鬼と退治屋の歴史と伝承。普通の人ならば一生知ることもない記録の集まりだ。
「…勉強熱心でしょう?」
「でしたら奴等の一匹でも退治なさい。 」
一生知る必要のない記録の集まり。
「本家の名に恥じぬように」
「…」
「貴方しかいないのですから」
それでも僕は出入りをしている。
「熱心だね」
屋上に上がるなり目に入ったのはウンウンと唸る艮くんの姿で、その極悪な真顔と唸り声に例の特訓中なのだと察しがついた。
「…渡辺」
「ん?」
「消えてるか?」
「?なにが?」
「気」
「…あ、フェロモン?」
じっと地面に置かれた焼きそばパンへガンを飛ばしてる艮くん。
「眉間に集中してる、てカンジかな」
消えてはない。
「…ハァ」
僕の答えを聞くと詰めてたものを一気に吐き出すように艮くんが息を吐いた。
「ダメだ、わかんねえ…」
「行き詰まってるみたいだね」
「指導が抽象すぎんだよ」
シャンとしていた背筋を崩してフェンスに寄りかかった艮くんは眉間にシワを寄せたまま焼きそばパンを頬張った。
「あの先生、厳しそう」
「…ただのチビだけどな」
さっさとお昼ご飯を済ませ牛乳まできちんと飲み干した艮くんは、もう一度背筋をシャンと伸ばす。
「まだやるの?」
「早いとこ覚えてえから」
「…本当に熱心だね」
集中しだす艮くんの横でのんびりお昼ご飯を食べながらその姿を見やる。正直、自身を鬼と認めたくない艮くんがここまで真剣に取り組むのは予想外だった。『鬼』と押し付けられるのを嫌がると思ってたけど。
仲間が出来て自覚が芽生えた…?
「艮くん」
「…」
聞こえてない。
「…艮くーん」
「…」
「…」
自覚が芽生えるのは良きことだ。フェロモンの調整が出来れば普通の人間にちょっかいを出されることもない。程度の低い退治屋なら嗅ぎ分けられないかもしれない。
彼らなら歴史を知っている。この世界を知っている。艮くんも学べる。
「…なんだよ」
「…え?」
何時の間にか掴んでた艮くんの腕に気づいて慌てて手を離した。
「あ、ごめん」
「……ハァ」
僕の不可解な行動に艮くんは困った顔をして盛大なため息を吐いた。
「いいや。今日はもう終いで」
「ごめん。邪魔するつもりは、」
「根詰めても良いことねえし」
ゴロンとコンクリートのうえに寝転がる艮くんを見ていた。
「…焦ってるの?」
「…別に」
「何か言われた?」
「…別に」
「…僕のこと?」
「別に」
嘘、だ。
最後のは嘘。胸がざわざわした。嘘にではない。僕の知らないところで艮くんが、僕のことを聞かされることに、胸がざわざわする。
彼らなら知っている。この世界のことを。艮くんの知らないことを。
「俺にある鬼の部分なんて、」
「…艮くん」
聞いて欲しくない。
「引き出してあげようか?」
知って欲しくない。
「艮くんの鬼の部分」
僕のことなんて誰からも聞かないで欲しい。
「…あ?」
「君が鬼なら引き出せると思うよ」
それは一生知る必要のない記録の集まり。だったら一生知らなくて良いのに。ただ何も知らないその目で見つめててくれれば良いのに。
「僕、退治屋だから」
だから嫌なんだ。
「……頼む」
にっこりと笑いかける僕に艮くんは戸惑った顔でそう言った。
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