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渡辺くんの失敗。
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***
「牛乳足りねえから買ってくるわ」
艮くんが普通だった。まるで何事もなかったかのように普通だった。
「何してくれたンだ、退治屋ァ」
放課後、僕を訪ねて来たのは予想外の人物。
「学校でその呼び方はやめてね、小鬼ちゃん」
「誰が小鬼だ、殺すぞ」
「君がゆうと洒落になんないね」
正門にいる生徒の視線を全部集めるほどの美少年は、険悪な顔で僕を見上げるとチッと豪快に舌打ちをした。名前は確か小角覚だったか。前鬼の末裔だとかゆう純血の鬼はとっても可愛い鬼だった。が、いかんせん口が悪い。
「何だアレは」
「何が?」
「アンタと仲の良い駄犬だよ」
「艮くん、ね」
「何やらかした」
「…何って?」
「気を全く感じねェ」
腕組みをしたまま仁王立ちで、小鬼ちゃんは険悪だった顔をさらに怖くした。皮膚がチリチリとする。
「良い事じゃない。抑えたかったんでしょう?」
「良い事?マジで言ってンのか、退治屋ァ」
小鬼ちゃんが僕の顔を探るように見つめる。
「あれは抑制じゃない。掩蔽つゥンだよ」
「難しい言葉を知ってるね」
「何した」
「…何も」
「人様の努力を無駄にしやがって。アレじゃあ始めた頃より性質がワリィ」
本能を剥き出して僕を殺そうとした艮くんの、我に返った後の狼狽ぶりは酷かった。抱きしめても反応はなくて、ただ子供みたいに震えるだけ。あの艮くんがそこまで怯えるのは初めてで、失敗したのだとハッキリと解った。解ったところで、遅い。
「完全に自分を見ないフリしてやがる。しかも無理矢理だ。そのうち外と中のバランスが取れなくなるぞ」
自分の中の『鬼』に気づいてしまった艮くんはそれに蓋をして閉じ込めた。何もなかったかのように。何も知らなかったかのように。でも、知らない事と知らないフリをしてる事とはまるで意味が違う。
「せっかく自覚が芽生えそうだったのによォ」
「本気で教えるつもりだったんだね」
「当たりめェだろ。冗談で関わるか」
「他人に干渉するのは嫌いなのかと思った」
「種の保存はオレらの義務だ」
「オレら?…『主』らの間違いでしょう?」
「…」
どうして彼らが本家の討伐リストに載っていないのか。討伐対象とされていないのか。理由は簡単。彼らが極めて僕らに近しい存在だからだ。鬼でありながら僕らに近しい存在。
「…君たちに預けたのは艮くんに頼れる人がいなかったからだ」
そうでなかったら誰にも預けなかった。誰にも。
「それであの結果か?」
嘲笑うように小鬼ちゃんの口角があがった。
「確かにオレらは主のいる飼い犬だ。一匹たりとも同胞は殺らせねェ。それが主の命でもある。…だったらお前はどうなんだ、退治屋ァ」
小鬼ちゃんは相変わらず「退治屋」と呼ぶ。
「ヤツに何をしてやれる?」
でも小鬼ちゃんがそう呼ぶように、確かに僕は「退治屋」で。
「面倒が見きれないないなら余計なことをするな。鬼のことならお前より知ってる。ヤツにいま必要なのは同胞のオレらであって、お前じゃねェ」
僕が力になりたいのに。
「…お前は失敗したんだよ、退治屋」
退治屋の僕では君を助けてあげられないのだ。
それが死ぬほど、嫌だ。
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