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艮くんの伴侶。
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***
自分のことには慣れている。
「お客様、大変失礼ですが身分を証明できる物をお持ちですか?
ホールの入り口でトランシーバーを片手にスーツを着た男が声をかけてきた。予想はしていたので前以て用意していた学生証を差し出すと男が確認の為かトランシーバーに何か呟く。周りが少しざわついていた。あーあ。だから嫌だった。
「…艮くん?」
ようやく現れた発表会顔の男が不思議そうな顔して俺の名を呼ぶ。
「どうかしたの?」
「職質中」
「職質??」
「こちら方はお知り合いですか?」
「…はあ、まあ」
「友達です。彼の妹さんが演奏者として出るので」
「そうですか。それは失礼しました。中へどうぞ」
スーツの男が学生証を返し戻ってゆく。
「??なにあれ?」
「よくあンだよ。身元確認つーか」
「何それ。失礼じゃない?」
「不審者対策だろ。まあ捕まる訳じゃねえし。つーか、やっぱお前呼んで良かったわ。見るからに発表会顔だもんな」
スーツの男も何を疑うことなく渡辺の言う事は信じるわけで。俺が言うと皮肉混じりに聞こえるかもしれないが、やはりこうゆう所も人を選ぶ。適材適所てやつだ。そして渡辺はこうゆう場にいて違和感のない発表会顔。
「なんか素直に喜べないなあ。一発殴る?」
「…爽やかな顔で危ねえ事言うな。それじゃあ何の為にテメエを呼んだか解りゃしねえよ」
「艮くんならやっちゃいそうなのに」
「失礼だな…お前」
「……あ」
「?」
「妹さんのため?」
「……」
押し黙った俺を見て渡辺がにやけた。
「お兄ちゃん、優しい」
無言で脛を蹴り上げられた渡辺がその場に蹲る。
まあ渡辺の言う通り自分のことならば拳に物を言わすだろう。確かに手を出す自信がある。しかし自分以外となれば話は別だ。自分以外の誰かが自分の所為で傷つけられるのには慣れない。慣れるはずもないけど。
「つうか…さっきから気になってたんだが」
「ん?」
「てめえのソレは何だよ」
「?花束」
「?何で」
「え?だって発表会なんでしょ?」
「……」
渡辺がさも当たり前のような顔でこっちを見た。そんな顔をされてもどちらが正しいのかよく解らない。解らないが、これが当たり前なら俺に発表会はハードルが高すぎる。一生適材にはなれない。
「あ、始まるよ!」
開演ブザーが流れ渡辺が俺の手を引いてホールへ駆け込んだ。端っこに座っても妹の演奏はよく聴こえ、ピアノのない家に住んでる割には上手いと素直に思ったし続けたいのならバイトして中古を買ってやっても良い、なんて思ってしまったから兄の欲目てのは怖い。ふと隣を見ると渡辺も口に笑みを浮かべて演奏を聴いていた。その目が久方に見る優しいもんだったから、呼んで良かったと少しだけ思った。
「…便所行ってくるわ」
休憩が始まった途端に席を立ちそう言うと渡辺が「じゃあ此処でパンフレット見とくね。」と言った。席を確保しておいてくれるらしい。混雑する事を見込んでさっさとホールを後にし便所に向かう。ロビーには人が溢れかえっている。人混みは非常に苦手だが仕方がない。便所の案内板を見つけて人混みを掻き分けてる途中、ふと髪に何かが触れて振り返った。知らない男が立っている。
「相変わらず綺麗な色ですね」
「……、」
男が優しそうな声色でそう微笑んだ。白いシャツに紺と白のストライプが入ったスラックス、足元の黒い革靴はこの場に相応しい格好だ。ひとつに束ねた胸まである長い髪が唯一、男にしては違和感を覚えるがそれ以外は何も感じない。普通の、ごく普通の男のはずだが。
(…いま俺の髪に触った)
警戒は確かに解いていた。だが何も気づかない程ではない。特に鬼の気をコントロール出来る様になってからは敏感だったはずだ。なのに何も感じなかった。殺気も気配も匂いすらも。
(…こいつ…)
「警戒を解いて下さい。退治屋が気づきます」
「お前…」
「鬼です。何処にも属さない純粋な…」
「…匂いがしない」
「消しています。特別な香を使って」
男がポケットから小さな袋を出した。
「退治屋に見つかるのは厄介ですから」
渡辺の事を指しているのだろう。此処に来てる事もちゃんと知っている。
「でも、そうまでしても会いたかった…私たちの首領に」
廊下から人が消えてゆく。もうすぐホールで第二部が始まるのだ。
「俺は酒呑童子じゃない」
「でもその末裔です」
「お前らと関わり合う気もない」
「…私たちの命が危険に晒されていてもですか?」
男の声はとても穏やかだった。
「確かに貴方は強い。退治屋とやり合っても生き残る可能性もあるでしょう。…しかし、貴方のご家族はどうでしょう。ピアノを弾くあの妹さんの手で退治屋を殺せるとお思いですか?」
右手の拳に力が入る。男はそっとその拳を握った。
「敵は私ではない。貴方はあの渡辺の子孫を大層信頼しているようですが、彼でない退治屋はこの世に五万といます。そして貴方の存在を知ったいま、彼らは真っ先に貴方のご家族を狙うでしょう。酒呑童子の血を絶やす為に」
握り返された拳から血の気が引いていくような感覚に陥った。鳩尾の辺りが冷たくて重い。
自分のことなら慣れている。けれど、
「でも私がその様な事はさせません。この命に代えても貴方とそのご家族を守り抜きます」
「…何なんだ、アンタ…、」
「私ですか?」
握られていた手の甲に男が口を寄せた。
「私は貴方の伴侶です」
男が笑ってそう言った。
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