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艮くんの同胞。
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***
「キミ、見かけない顔だね」
フロアを当てもなく歩いていると声をかけてきたのはカウンターで酒を飲んでいた若い男だった。
「この店、初めて?」
「…ああ」
成人男性を装おうと努めて落ち着いた声で返事をした…つもりだったが、喉に詰まってただただ覇気のない小さな返事が出ただけだった。思いっきり出ばなを挫く。
「あはは、緊張してるの?」
男が笑う。声をかけた男の方も相当若い。20代前半、てところだろうか。軽くウェーブの掛かった茶色の髪にシャツとスキニーのラフな姿はどう見積もっても学生にしか見えない。
「オレ、ミヤ。キミは?」
「…龍美」
本名を名乗って良いのか一瞬躊躇ったが向こうは特別反応している風でもない。
「一人で来たの?」
「…連れとはぐれた」
「あらら。連絡取れないの?常連さんなら多少解るけど」
「綺麗な顔した髪の長い男」
「うーん…知らないカモ。ごめんね。常連じゃないのかな」
そうなのか?クズの手慣れた様子からてっきり常連だと思っていたのだが。しかしクズのあの容姿が何度も出入りしていて人目につかないとも思えない。言うちゃなんだがクズは美人だ。中性的とゆうか女みたいな顔をしてる。覚えやすい顔立ちだ。
「ココで待つ?オレも独りだし」
「…じゃあ、遠慮なく」
「ドーゾ」
空いてた隣の椅子を引かれ腰を掛ける。ミヤと名乗った男は自分のグラスを下げ「同じの」を頼むとメニュー表を俺に渡した。
「何か呑む?奢るよ」
出さたメニューにはカクテル名であろう片仮名が羅列してる。ソフトドリンクもあるにはあるが此処でアルコール以外を頼んだら未成年だとバレてしまうのではなかろうか。あくまで此処はバーなのだ。酒を呑む為に来る場所だ。
「…えっと…、」
「何でもイケる?」
「まあ…」
「じゃあオレと同じの」
何の酒だが解らないが一杯くらい何とかなるだろう。…たぶん。
「学生さん?」
「…違う」
「社会人?若く見えるね」
「アンタは?」
「ミヤ」
「…ミヤは学生なのか?」
「そうだよ。大学四年生」
大学生か。それらしい見た目だ。実際は五つも年上とゆうことになるが人懐こい話し方が年上らしさを感じさせない。
「いくつ?」
「…二十歳」
「あーね!だからか。こうゆう場所に慣れてなさそうだもん。大方、上司にでも連れて来られたんでしょ」
「まあ…そう」
強ち間違いでもない。上司かどうかは別にして連れて来られたのは確かだし。カウンターの上に注文した酒が来る。
「乾杯」
ミヤが持ち上げたグラスにグラスを重ねた。
「聞いてもイイ?」
「?ああ」
「龍美はさ、此処がどうゆう場所か解ってて連れて来られたの?」
質問の意味が一瞬解らなくて持ってたグラスを落としかけた。ミヤは顔色を変える訳でもなく俺の答えを待っている。答えが出て来ない俺に気遣うようミヤが言葉を続けた。
「ごめん、深い意味は無いんだ。でもほら匂いは隠せないから。オレのも。…意味、解るよね?」
意味は解る。言葉にせず頷くとミヤは安心したのか手にした酒をあおった。
「此処、そうゆう奴らが集まる場所なんだ。偶に知らなくて来る普通の人間も居心地が悪いのか直ぐ出て行く。つまり自然とそうゆう奴しか残らない。だから新顔が居ると此処に居るのが必然なのか偶然なのか確かめちゃうんだ」
今更この声をかけてきたミヤとゆう男に品定めされているのだと気づく。敵か味方か。図らずしも俺が何者かを見極めようとしているのだ。
「…知ってて連れて来られた」
「じゃあキミの上司も?」
「仲間だ」
「そっか」
あからさまに安堵した様子でミヤが笑った。
「脅かしてごめんね。初対面で探りを入れるのはもう癖みたいなもんなんだ。子供の頃からそう躾られてきたからさ」
自分に近づく者はまず疑え。ガキが習うには些か過激な教えだ。穏やかではないけれど狩られる側として当然の心理なのかもしれない。しかし…。
「仲間も疑うのか?」
「ん?」
「同類なのは匂いで解るだろ」
「ああ。…だって…知らない?」
「何を」
「オークションの話」
オークション?予想だにしなかった言葉がミヤの口から出て来て思わず顔を顰めた。
「結構有名だよ、混血を商品として扱うオークションが存在するって話」
「何だそれ…売ってるって事か?」
「そ。実際見た訳ではないけどね。でも行方不明者が増えてるのは本当だよ。客の中にも身内が出掛けたまま帰って来ないとかよく聞くし。幸いオレはまだだけど」
にわかに信じられない。人身売買などテレビや小説の中の話だと思っていたのに。
「誰がンなこと…」
「さあ。でも客の中には身内を疑ってる奴もいる。余りに手際が良く目撃情報も少ないからね」
グラスの中の氷をミヤが指で回した。回った氷がカランと音を立てる。
「龍美は苦手そうだね」
「?…何が」
「疑うとか騙すとか。苦手そう。何かね、目の奥が澄んでるもん。疑うなんて考えもしない、てカンジ」
ミヤが氷を指で回したまま俺の目を真っ直ぐ捕らえる。後頭部にまで視線が突き抜けて思考が見透かされる感覚。確かにこんな目を俺は誰かに向けた事がないかもしれない。家族には尚更。
「すぐに信じるのは危険だよ」
ふと二階の部屋を見上げた。先ほどまで自分の居た個室が全面ガラス張りの窓のおかげでこちらからもよく見える。ブラインドが半分下ろされていた。ラブチェアーと呼ばれてた椅子から見覚えのあるスラックスが伸びてる。そして隣に黒いジーンズ。…黒?
(……誰か…いる)
「…!」
「ど…どうしたの?」
「あ…いや…、」
「上司でも見つけた?」
「い、いや…、」
「?」
動揺するな。店の人間かもしれない。ただの知り合いとも考えられる。此処でクズが誰かに会うのは不自然な事ではない筈だ。でもミヤはクズの事を知らなかった。常連ではないかもと言った。そんな所で偶然知り合いに会うだろうか。しかも個室で。
「……、」
余計な勘繰りだ。確かにクズを100%信じた訳ではない。けれど今聞いたばかりの話に動揺してアイツを疑うのは尚早だ。結論を急いで自分を見失うな。正しい判断が出来なくなる。
けど。
「もしかしてショックだった?」
「…え?」
「オークションだとか余計な話をして混乱させちゃったかな?」
色々頭を駆け巡らせて押し黙ってしまった俺にミヤは申し訳無さそうな顔で謝った。
「ごめんね。今の話は忘れて」
「…」
「そろそろ本気で上司を探さないとね。会えて嬉しかったよ。またおいで」
ミヤがグラスを持ち上げる。それにグラスをカチンと合わせグイっと飲み干した。喉に苦味と甘さが流れ込む。
「じゃ……、」
『じゃあ』
そう言う筈だった。だが妙に舌が重くて最後まで発せず語尾が口内で四散する。首がガクンと下がって視界がブレた。首の座らない赤ん坊の様に頭が重くて支えきれない。とゆうより身体にチカラが入らない。崩れ落ちる身体をミヤが受け止める。
何だ…何で。
「…やっぱり龍美は疑う事を知らないね」
耳元でそうミヤが囁いた。
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