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渡辺くんの過日。
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***
「…」
誰かに呼ばれた気がした。
振り返った先の路地裏は灯りのない真っ暗闇が続くばかりで一寸先すら目視出来ない。それでもジッと目を凝らし神経を尖らせる。何の気配も感じない。
(ー 気の所為か)
嫌な気分だ。細かい針の筵が背中に付いて回ってるようなそんな…嫌な気分。
「だーかーらァー、テメェん所に赤い髪のヤンキーが来てねェかって聞いてンだよ」
通りの向こうを側でお人形さんの様な可愛らしい青年が厳ついお兄さんをカツアゲしている。お兄さんが青年を、ではない。身長差30㌢はあろう小さな青年にお兄さんが泣かされている。
「ホントに見てないンですよぉ…」
「嘘吐いてたらコロスぞ」
「ホントなんです~!」
そう言って半泣きの男が小鬼ちゃんに縋っている。男はどうやら混血のようだ。通りの反対側からでも微かに匂いがする。こちらの匂いも男には判っているのだろう。時折脅えた目がこちらを向く。姿は路地の闇に紛れているから判別は出来ない筈だ。それでもジッとこちらを窺う姿は狩られる側のそれだった。
「あの混血…狩らないんですか?」
「手を出すな、て言ったのそっちでしょ?」
「まあ…そうですね」
同じく路地の闇に紛れた長身の男、小角玄が向こうの様子を見ながら笑いもせずそう言った。任せろと小角兄弟が連れて来たのは繁華街の一角。待っていたのは混血の鬼らで、彼らは安部家の「協力者」らしい。
「彼らは情報と引き換えに安全を安部家から買ってるんですよ」
安全を買う、てのは聞こえが良いけれど要は裏切者。我が身の保証を仲間を売ることで得てる。少なくとも安部家は鬼の使役化が目的だから退治屋に売るより良心の呵責が薄れるのかもしれない。
「待つのは性に合わないな」
「ですね」
「いかないの?」
「覚に任せていますから」
「会いたくない、て顔だね」
「…」
小角玄が視線だけこちらに寄越す。
「…仲間ではありませんから」
「鬼が?人が?」
「鬼も人も」
冷ややかな視線には仄暗い焔が揺らめいている。それが彼のこれまでを物語っている様に思えた。順当な鬼の血筋でいながら鬼の敵側にいる二人。彼らもまた裏切者と呼ばれる存在。
「自ら安部に使役を志願したとゆう噂も強ち間違いでは無さそうね」
「明言はしません。ただどちらにも肩入れはしない」
「ふーん」
遠くから街の喧騒が聞こえる。車の音や男女の笑い声、風の音。全部が遠くて作り物のようだ。それとも取り留めのない会話をボソボソと続ける僕らの方が虚構だろうか。
「それでも…、」
小角玄は話を続ける。
「それでも艮さんは助けたい…そう思います」
「…」
「でもそれは彼が何も知らないから。俺らの事を何も知らないから。だからそう思えるのだとも思います」
「…」
「貴方もそうではありませんか?」
そう言われてやっとこさ小角玄と向かい合うよう重い腰をあげた。真正面から向き合っても小角玄は視線を逸らさない。何だか笑えた。
「探ってる?」
「いえ。ただ貴方は俺らが忠告せずともあの混血には手を出さない」
「随分信頼されてるねえ」
「信頼ではありません。貴方は艮さんに固執している。そう解釈しているからです」
「そう。で、結局何が言いたいの?」
遠回しな探り合いに飽きて単刀直入に尋ねた。探られて痛い腹を持ってるのはお互い様だ。ストレートに投げるくらいが丁度いい。小角玄が口を開いた。
「もしも…、」
「?」
「もしも艮さんが此の世界を知ってしまっても…貴方は一緒にいられますか?」
生温い風が二人の間を吹き抜けた。じっとりと首筋に絡みつく温度が不快だ。ゆっくり目を閉じる。浮かぶのは艮くんの顔。僕を真っ直ぐ見つめる艮くんの顔。
「僕の何を知っているのか知らないけど…それを決めるのは僕じゃない」
嫌で嫌で仕方がなかった。艮くんがこの腕の中から離れてしまうのが。自ら歩き出してしまうのが。
「僕もアンタと同じだ。此の世界は薄汚くて儘ならなくて反吐が出る」
僕の知らない場所に行ってしまったら二度と戻らない気がして。
「だけどそうは言っても僕も所詮、同じ穴の狢だ」
「…」
「…鬼を殺したことある?」
僕は此の世界の傍観者じゃない。
当事者だ。反吐にどっぷり浸かってしまった当事者だ。
艮くんが電話口で「知らないのは怖い」と告げたとき、強く引き止められなかったのは彼にも知る権利があると心の奥底で理解していたからだ。閉じ込めておくには大事に想い過ぎた。彼の意思と行動を尊重する程。
知られてマトモな顔が出来るほど、真っ当な人間じゃないクセに。
「それでも会いたい」
なんて独り善がりな願いだろう。
それでも願わずにはいられない。もう一度この腕の中に戻ってきて欲しいと。
「…貴方に…討伐記録は無い筈だ」
「…」
「だとしたらあの噂は…、」
「お互い火のないところに煙は立たない、て事だよ」
それ以上の詮索は無駄だと言葉を遮ると小角玄はそのまま押し黙った。聞かれたところで何がある訳でもないが彼の言葉を借りるなら此処で明言はしない。
「艮さんには貴方の助けが必要だと思っていましたが…、」
小角玄が慎重に口を開く。
「案外、貴方のほうが艮さんの助けを必要なのかもしれない…」
「…だったら?」
「気をつけなくてはいけない、て事です」
何を、誰が、
「収穫ナシだ。クソったれ」
その問いは聞き込みを終えた小鬼ちゃんの声で遮られた。
「…あァ?どした?」
「別に…何も」
僕らを交互に見て小鬼ちゃんがそう尋ねたが小角玄が首を振る。まァいいや、と小鬼ちゃんは話を続けた。
「この辺りの溜まり場にそれらしき人物は見当たらねェ。あれだけ目立つ容姿だ、見落としたとは考え難ィ」
「もしかすると…目立たないよう変装してるのかも」
「だとすると人づてに探し出すのは厳しィな」
「他の場所は?」
「この辺りの溜まり場はさっきの奴が牛耳ってる。奴が知らないなら居ねェ」
つまりコレだけ時間を割いたのに無駄足だったとゆうことか。
「僕が直接尋ねる」
「ムダムダ。アレでもオレらにゃァ危ない橋を渡りながらも情報は必ず寄越す奴だ」
「信じるの?」
「前も疑り深い偏見ジジイの元で働いてたが情報は欠かさず持ってきた」
「偏見ジジイ?」
「…矢鱈と仲間を疑う混血がいて」
「従業員は勿論、客も容赦なく尋問するジジイでよォ。夜しかやってねェ呑み屋だってのに一見サンお断り。少しでもオレらみたいな奴の影があったらアウト」
「疑わしきも罰するんです」
「…で、結局追い出されたワケ?」
「いや、どうやら潰れかけて従業員全員クビだとサ。あれだけ横暴な店じゃあなァ」
小鬼ちゃん達に情報を流していたのがバレたとゆう訳ではないらしい。
「…じゃあ調べてないのはその店だけ?」
「まァそうなるな」
「だったらそこに行こう」
「オレらの話聞いてたか?」
「可能性はゼロじゃないでしょ?なら調べる。時間がない」
小角玄と小鬼ちゃんが目を合わせた。難しそうな顔で「簡単に入れねェだろうが…」と前置きをする。
「情報がないなら仕方ねェ。虱潰しに当たるか」
駆け出す小鬼ちゃんについて行く。小角玄が僕の背後に回った。
「…先ほどの質問ですが」
「ノーコメント」
「自身に問うたとき…貴方ほどハッキリ答えが出せませんでした」
「…」
「だからこそ貴方は確実に艮さんに引き渡したい。…答えを知る為にも」
小角玄の眼差しは探る時のそれとは違い何故か酷く穏やかだった。答えなんか有るのだろうか。それは僕にも謎なんだけど。とりあえず、
「僕は荷物じゃないんだけどね」
そう答えたら小角玄の口元が緩んだのだけ解った。
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