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渡辺くんの足元。
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***
頼まずとも明日は来るのに過去は置いて行けず足元にずっと絡んでいる。
「ジジイが店を畳んでた?」
小鬼ちゃんのケータイにその連絡が来たのは例の店に着いた直後の事だった。
『一週間前から開いてないそうで、常連の話だと畳んだんじゃないかと』
スピーカー音から聞こえるのは先ほどまで小鬼ちゃんから尋問を受けていたあの協力者であの後すぐに調べをいれたらしい。確かに連れて来られた店は真っ暗だ。とても営業しているとは思えない。
「急にか?」
『ですね。連絡もつかないらしくバックれた、て噂です』
「バックれる理由が解らねェな。借金かァ?」
『解りません…。それとこれも聞いた話ですが…何週間か前に店を買いたいって奴が現れたとか』
「この寂れた店を?」
『はい。何でも2号の出店先を探してたって話で』
「身元はァ?」
『店の名前なら。「pinkspider」です』
ケータイで検索すると直ぐにヒットした。この近くだ。
「…行ってみますか?」
「だなァ。ジジイの件も気になるし」
「その店主…無事じゃないかもね」
「あァ?」
二人の視線を促すように裏口の鍵穴を指す。鍵穴は抉れて鉄で引っ掻いたような跡が無数に付いている。
「誰かがこじ開けようとしたか、本人が慌てて傷を付けたか」
普通ではないキズ跡。やっと見え出した"異常"の痕跡に二人の顔が一瞬険しくなった。
「…ハッ…キナ臭くなってきやがったなァ」
「しかし…これが艮さんを連れ出した奴の仕業なら何故同胞を…」
解るはずもない。これくらいの情報では同一人物と決めつけるのも尚早だ。けれど鍵穴に付いた無数の細かいキズが神経を酷く逆撫でる。関係などないかもしれないのに。心臓にも細かい傷を付けられたかのようにチクチクする。予感なんて要らないのに。
「兎に角…店を訪ねましょう」
「あの……、」
振り返ると若いサラリーマンが怖ず怖ずとした態度でこちらを見ていた。
「…あァ?」
「い、いや…あの…伝言を頼まれて…」
「伝言?」
「こ、この辺に若い子が三人屯っているだろうから…って…」
思わず三人で見合う。小鬼ちゃんがサラリーマンの胸ぐらを掴んで肩口の匂いを嗅いだ。
「匂わねェ…テメェに言い寄って来たのはどんな奴だァ!あァ!?」
「ひぃ…っ!や、ふ、普通の…いや…あ、あれ…?どんな人だったっけ……、」
「しらばっくれてんじゃァねえぞ、コラァ!」
「しらばっくれてません…!本当に…あ、あれ…あれぇ…?」
サラリーマンは普通の人間だ。自分たちの正体を知っている様にも見えなければ嘘を付いているようにも思えない。
「…何か記憶を弄られたのかもしれません」
「…で?」
「へ…?」
「伝言」
「あっ…ああ!」
泣きそうな顔をサラリーマンが縋るようにケータイを取り出しメモ機能を開いた。
「『pinkspiderの出店先は既に決まっている。住所はこれだ』って…」
サラリーマンがメモ機能に残した住所を見せてきた。此処から少し離れた港近くの場所だ。
「…罠かァ?」
「…解らない」
「……」
二人が難しい顔をして話し出す。ふと人の湧き出した歓楽街に目をやる。次の店を探す人らが騒ぎながらフラフラと灯に魅せられた羽虫の様に屯っていた。人垣。一瞬、割れた人垣の中に男がいた。こっちをただ真っ直ぐ見ている。男の髪が靡いた。男の口が動く。ご…
「…あと…『ごめん』って…」
「!」
サラリーマンの声に弾かれるよう我に返りもう一度人垣を見渡した。
「…どうかしましたか?」
「…いま……、」
いない。
「誰か居たんですか…?」
「マジか、どんな奴だ?」
どんな奴って…。
「…分からない」
「はァ?」
「分からない」
思い出せない。確かに何かを見たはずなのに。其処に居たはずなのに。
「おいおい…勘弁しろやァ」
「後ろを取られてる…嫌な感じですね…」
「飛んで火に入る夏の虫かもしれねェぞォ」
相手の意図が全く読めない。はっきり言って行くのは得策ではなかった。此処まで来て相手が自分たちに有利になる事をする筈がない。それこそ目的が解らない。けれど…
「…行く……艮くんは其処に居る」
「何故そう言い切れるんですか…?」
「…」
「勘かァ?」
「…」
小鬼ちゃんがサラリーマンの胸ぐらを離す。怯えたサラリーマンは一目散に逃げて行った。二度とこのあたりをウロつかないだろう。黙ってる僕を見て小鬼ちゃんが嘲るように鼻で笑う。
「…フンッ…まァ、しゃあねェな。無視しようにも手がかりはコレしかねェ。火の中に飛び込んでやらァ」
小角玄が僕の袖を軽く引いた。
「こちらです…先程の住所、場所は分かります」
重たく足元に絡んでいるものを見た。人に第六感があるとゆうのなら僕のそれは警告を出している。行くなと告げている。本来ならば其れに従うべきなのだけど。
引かれた袖を払わず大人しく足を動かした。駈け出す。風が生温い。
後先考えなかったのはきっと若さのせいだ。きっと。
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