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艮くんの決意。
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***
「…お。生きてた」
「…あ?」
学校近くにある神社の境内。そこに見覚えのある二人組が居て、俺の顔を見るなりチビのほうがそう言った。
「耐えたな、退治屋ァ」
「…まあね」
「艮さん…具合は如何ですか?」
「全然何も。むしろ調子は良い」
「そうですか…良かった」
「…つーか、俺を探し出してくれたって?迷惑かけて悪かった」
玄とチビが顔を見合わせてる。そして視線を外したチビがズカズカ目の前にやってきて渾身のデコピンを俺に放った。
「痛ェ!!」
「自分が何やったか、解ってんだろうなァ?」
「……。解ってる」
「でェ?オレらと戦争する気か?」
軽い言い回しだ。けれど其れはきちんと的を得ていた。俺はいま岐路に立たされている。そしてどの道を選ぶかで世界は変わる。大袈裟ではなく、たぶん本当に世界が変わる。
「…戦争はしない」
「では俺ら側に付きますか?」
「いや、それもしない」
「…」
矛盾、してンだろうか。玄たちの表情を見ているとそう思えてくる。だけどこれが本音だった。俺が出した答え。渡辺は何も言わず静かに聞いていた。
「俺は…俺だけの話なら正直無視しようと思ってた。関係ねェ、てそう思ってた。…けど、今回の件で解った。これは俺だけの問題じゃねェんだ、て」
ピアノの発表会でクズを会った時に実感した。俺が立たされている場所は自分だけの良し悪しで決めれるようなそんな簡単なトコロではないんだと。自分だけの問題なら関係ねェて投げ出せたのに。そんな訳にいかないのだと、痛感した。だから…。
「俺はそっち側に付くわけにはいかない」
「相手も穏便なヤツらじゃねェぞ。今度の件でよォく解ってンだろが」
「…それも解ってる」
「それでも彼らに肩入れするのですか?」
「俺が出した答えは…肩入れとも違うと思う」
「?」
「渡辺」
漸くその名前を呼んだ。渡辺はまだ黙っている。黙って俺の言葉を待っている。だから続けた。
「俺をオメェらのボスに会わせて欲しい」
会って話がしたい。
それが俺の出した答え。
「……正気か?」
「正気だ。本気で言ってる」
「何を話すつもりです」
「これ以上、鬼に干渉しないよう頼みに行く」
「テメェ…自分の立場が、」
「解ってる」
「…」
「解ってるから…俺にしか出来ねェから言ってンだよッ」
ふと声を荒げしまって、自分が本当はビビっている事に気付いた。情けない。まだ会ってもねえクセにビビって声が震えそうとか、頭としてねえ。でも俺が……首領だ。
「…俺をオークションに売り飛ばそうとしたヤツは妹を同志に売られてた。勿論、ヤツが今やってる事は許されない。……けど、俺にもヤツの気持ちは解る」
ミヤが正しい事をしているとは言わない。けど、もし俺がミヤの立場だったら、妹が同じ目に遭わされたら…俺もミヤと同じ事をしていたかもしれない。
「同情か」
そうかもしれない。
でも、
「…負の連鎖が止められるとしたら俺だ」
だから腹を括った。
「……」
チビたちがあれこれ俺に投げかけている間も渡辺は俺の顔を見たままじっと座っていた。いつものようにヘラヘラとした笑いも見せず何かに耐えるよう俺の話を聞いていた。
「艮くん」
その重たかった口がゆっくり開く。
「いまの君を大殿に、僕らのボスに会わせる事は出来ない。君は確かに鬼の首領だけど、それはただ酒呑童子の子孫と言うだけ。鬼を束ねている訳ではない君じゃ役立たずだ」
渡辺が簡単にイエスと言わない事は予想していた。けれど、これ程淡々と、冷静に突き離されるとは思っていなくてズキリと胸の辺りが痛む。もしかすると、いや、もしかしなくても此処に味方は居ない。そしてそう宣言したのは俺だ。
「…このまま黙って見過ごせって言うのか」
「力がないなら仕方ない。それも宿命だよ」
「…宿命?」
「そう」
「だから命を脅かされても仕方ねえって?」
「そう。だから僕らも狩る」
「…」
「それが僕らの宿命…そして僕の生業だ」
確かにこんな血を引いたのは宿命とゆうヤツなのかもしれない。けど、けれど、
「…ふざけンな」
「…」
「テメェら…命を何だと思ってんだ…」
人に説教を垂れれる生き方なんかしていない。毎日喧嘩に明け暮れているようなロクデモない不良品だ。けどそんな不良品の俺でも解る。これが仕方がないで片付けられないって事くらい。見過ごしていい訳ない事くらい。渡辺の胸ぐらを掴んだ指先が白い。
「…艮くんこそ自分の命を何だと思ってるの」
「…」
「頼みに行く?敵陣のど真ん中に乗り込んで無事で済むと本気で思ってるの?だとしたらオメデタ過ぎる。君が相手にしようとしてるのはそんな生易しいヤツらじゃない。僕が…、」
「僕がそんな場所へ君を連れて行くと思うの…?」
痛いほど握り返された手首。俺の手首を掴む渡辺の指先も白くて、その時初めてコイツが何を言おうとしているのか解った。
「…渡辺」
「戦争をするか…決めるのは君じゃない」
落ちてゆく渡辺の声に自分が仕出かそうとしている事の大きさを知らされた。俺がしようとしている事はひとことで言えば無謀なのだ。押し黙ってる二人を見兼ねて玄が口を開いた。
「…問題は幾つかあります。まず艮さんを連れ出した輩の正体と目的が不明な事。聞けば鬼の造詣がかなり深い。其奴が現在鬼を束ねているのか…それも解らない状態で艮さんが動くのは得策ではありません」
「情報はねェのか?」
「名前は九頭神弥彦。…俺の伴侶とか言ってた」
「聞いた事ねェ名前だが、やっぱ茨城童子の血を引いてる可能性大だなァ」
「イバラギドウジ?」
「酒呑童子の伴侶と呼ばれてる鬼の名です」
「…」
そう言えば其れらしき言動が多々あったのを思い出す。つまりクズは本当に酒呑童子の伴侶という立場の血筋だったのだろうか。
「もうひとつ茨城童子に関して不可解なのは、艮さんを連れ出した奴らとの関係性です」
「関係があれば初めからテメェを売り飛ばそうとしてた、て事になるがァ…」
「無関係ならば何故捜そうとしなかったのか…。本家の見張りを簡単に撒ける奴です。捜せなかった、消えた事が解らなかったとは考え難い」
ミヤとクズが繋がっている…?いや、しかしクズの事を尋ねた時のミヤの反応は嘘をついているようには感じなかった。本当に知らない、といった風に見えたが。
「…ワザと捕まえさせたのかもしれない」
渡辺がようやく口を開く。
「あの日、艮くんが捕まっている場所を僕らに教えた人物がいる事は確かだ」
クズが俺をミヤに売ったのか。だとしたら渡辺たちにどうして居場所を教えた?まるで助けてやれと言わんばかりの行動だ。オークションに俺を売ったのなら行動に矛盾がある。それにあの日ミヤは偶然俺を見つけたような口ぶりだった。
「…彼の思考が読めませんね」
「嵌められてンのかもしれねェ。やっぱ今オメェが動くのは得策じゃねェな」
「でもこうしてる間にも命狙われてるヤツが居ンだぞ、放っておけば…、」
「……それに関しては…」
渡辺が小さいけれどよく通る声で俺の言葉を遮った。
「オークションに関しては…僕が何とか出来るかもしれない」
希望的発言の筈なのに渡辺の声は決して明るいものではなかった。地面を見ている所為で伏せられた顔。渡辺の長い睫毛が妙に目を奪う。
「今、僕の友人がオークションに関して探りを入れてる。元々、違法の行為だ。綻びがあれば崩すのは容易い」
「…本家が動くとゆう事ですか?」
「僕が動くならそうなるね」
「しかし政府が絡んでいたら…、」
「まあ…その時はその時」
「…」
「それにね、艮くんをオークションに売り飛ばそうとした奴らとの決着なら…僕がいれば充分なんだよ」
今まで表情の硬かった渡辺がやっと笑った。笑ったけれどそれは自嘲とゆうに相応しく決して心地の良いモノではなかった。だから聞かずにはいられなかったのだと思う。
「…どうゆう意味だ?」
視線をそらしたら負けだと思ったのは、逃げ出したいのは俺ではなく渡辺のほうだと思ったから。逸らしたら、二度と戻らない。そんな気がして。
「その妹を殺したの、僕なんだ」
だからそれを聞かなければ良かったなんて…俺は言わない。
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