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艮くんの味方。
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***
「坂田金治です」
その男は渡辺に引けを取らない爽やかな笑顔でそう名乗った。
『君が持ち帰った情報を預けたい人間がいるんだ』
渡辺にそう言われたのはあの過去話を告げられた直後。玄ら双子と別れてすぐの事だった。話を聞けばそいつは渡辺の幼馴染で同業者だと言う。つまり同じ退治屋らしい。
『そいつならそれを基に新たな情報を掴めると思う』
『会えるのか?』
『直接?…それはちょっと』
『信用出来るんだろ』
『うん…』
『歯切れ悪ィな』
『まあ信用はしてる、けど…なんてゆうか』
『…なに』
反応が怖い、と渡辺は怪訝そうな顔でそう告げた。
「君があの…へぇ~そっか、そっかぁ~!」
蒼く真ん丸い瞳が嬉々として俺に向けられている。さながら上野のパンダと観光客だ。興奮覚めあらん、といった様子が手に取るようにわかる。
(…なるほど)
今なら渡辺の言葉の意味が解る気がする。
「あの」
「あっ!聞いてるかもしれないけど、綸と同じ退治屋です。キミとは正反対の位置にいる人間だけど…まあ今日は無礼講てことで!いやー、恥ずかしながら混血に会うのは初めてでちょい緊張してるかも。キミ、綸と同じ学校なんだよね?いくつ?同い年?案外普通の子でビックリしちゃった。綸のヤツ全然キミの情報くれなくてさあ。ねえ、名前なんてゆう…、」
バンッ。
俺の隣に座ってる渡辺が笑顔で境内の板に手のひらをついた。黙っちゃいるが何が言いたいか大体予想はつく。境内に当たるとは罰あたりめ。祟られるぞ。
「金治、僕がお願いしてた話はソレだっけ?」
「チ、チガウ…けど、折角会ったんだし少しくらいお喋りを…、」
「冗談でしょ?会わせるのも反対だったのに対面まで譲歩した。これ以上は無理だね」
「対面て…これ対面って言うか!?」
7.8メートル先で蒼眼のイケメンが糸電話に向かって怒鳴った。遠くて細かい表情までは窺えない。が、まあ怒っているのだろう。こんな茶番に付き合わされてれば当然だ。しかし、そんな距離でどうして相手の瞳の色が判ったかと言うと俺の方は予め渡辺から写真を見せられていたからである。
『これが坂田金治。身の危険を感じたら容赦なくヤッて良いからね』
何を「ヤ」るかは別にして、俺に写真を見せた渡辺は笑顔でそう物騒な事を付け加えた。初めは渡辺の危惧している事が解らなかったので半ば強引にこの約束を取り付けたのだが。渋々ながら折れる気になったのかと思えば…糸電話とか久々に見た。
「此処まで呼び出しといてその態度…。まあ携帯は盗聴の可能性があるから直接話したほうが安全だろうけど」
「解ってるならさっさと話してさっさと帰る」
「おーまーえーなー!ヒトの名前勝手に使ってセミスイート取ったの、その子にバラすぞ!」
「…セミスイート?」
「艮くんには関係ない事だよ。気にしないで」
「フザケんな!俺の名義と言えどもタダで貸すとは言ってないからな!金返せー!」
「おま…まさかこの間のホテル…、」
「やだなぁ艮くん、本題が逸れてるよ?直接話を聞きたかったんでしょ?…金治もそろそろ黙ろうねー」
なんかよく解らんがこの間のホテルの一件であの坂田ってヒトが迷惑を被ったのは間違いないらしい。俺が一緒だったのは黙っておこう。
「…で、坂田さん。貴方に預けた情報の件なんスけど」
「うん。本当に助かったよ。キミのおかげで調べ物も進んでさ。判ったよ、キミを売ろうとした男」
坂田サンがカバンからA4のカラーコピーを1枚取り出した。渡辺が双眼鏡を渡してくる。…これで見ろってか。
「卒業アルバムを引き延ばしたから画像は荒いけど、この男だろ?」
真正面を見つめる空虚と呼ぶに相応しいポッカリと開いた瞳。何も語らない閉じた口。表情。少年には面影があった。
「…ビンゴ、かな。彼の名は葛城三弥。写真当時は十五歳でこの後に父親と妹が失踪。本人も行方を眩ましてる。失踪当時、十二歳だった妹の名前は小町。…葛城小町」
渡辺の顔が曇った。…ように見えた。
「葛城の父親は、安部の密偵が勤めてたバーのマスターと古くからの付き合いだったらしい。それについては妙な噂もあって」
「噂?」
「二人の共通の知人が多く失踪してる時期があるんだ。それが大体オークションの存在を認知された時期と重なってる」
「…つまりミヤの父親とそのマスターが仲間を売ってた、て事スか」
「憶測だけど」
「あながち間違ってないかもね。そのマスターが異様に用心深かったとゆう話もそれなら合点がいくし」
「葛城は父親の跡を継いでるのかも」
「…いや」
あの時、ミヤは言っていた。「妹を売られた」と。売った男は顔の形が変わるほどの暴行を受けていたのだ。ミヤの憎悪は本物だったと思う。
「ミヤがオークションに携わってるのは本人の言う通り犯人探しの為…だと思います」
「妹の情報を買ったとゆう鬼?」
「です」
「そこが解せないんだよな。綸にも聞いて腑に落ちなかったのはそこで…なんで鬼が鬼の情報を?売るにしてもオークションの客のほうが金を持っていそうなのに」
坂田サンが首をひねるが俺にもそこは解らない。ミヤにも解らなかったのだろう。だからこそなりふり構わず憎んでる筈の、仲間を裏切るオークションに手を出したのではなかろうか。
「考えたんだけどね」
「…?」
「葛城小町の情報を売ったのは、失踪したあのバーのマスターなんじゃないかな」
「なっ…」
「突飛な話じゃないよ。裏切り者は存在し葛城はそれを捕まえた。そしてマスターは今も失踪中。同一人物と考えるのはそれほど不思議じゃないでしょ?」
「でも…そうだとしたら…」
「父親は仲間…葛城三弥は二重に裏切られた事になるね」
渡辺がポツリとそう呟いた。
その淡白で感情が伺えない声色がさっき見た卒業アルバムの葛城少年の表情と重なって胸が詰まった。あの少年は何を知り何を思ってあの写真を撮ったのか。俺には解らない。解るはずもない。ただ想像するだけで息が詰まって…苦しかった。
「なんか父親の失踪もきな臭くなってきたな」
「ミヤが絡んでると?」
「裏切り者には容赦なさそうだし葛城は」
「だったら…一刻でも早くそのオークションてのをブッ潰さねえと」
「え?」
「これ以上…ミヤみたいなヤツは作らせない」
「…」
それが今まで犠牲になったヤツらへの…葛城小町への、俺に出来る唯一の餞けだから。
「…なるほどな」
俺を見て坂田サンが何かを零した。
「綸が変わったの、解る気がする」
「?」
「俺も…キミとは戦えそうにない」
蒼眼のイケメンがそう微笑むから訳が解らなくて返す言葉が見つからなかった。渡辺が横でムスッとしてる。「だから嫌だったんだ会わすの。」と小さく付け加えた。
「あともう一人。九頭神って男だけど…」
「何か?」
「それがこっちはフルネームを聞いたのに何にも出てこなくて…偽名なのかもしれない」
「…そうスか」
「悪いね」
クズについても情報が掴めれば鬼の現状を知る足掛かりになると思ったのだが…こればかりは仕方がない。
「いえ。こっちは身内の事なんで自分で調べます」
「身内…」
「…渡辺?」
身内、と呟いたまま眉を顰めてる渡辺が気になってつい名前を呼んでしまう。だが渡辺はこちらを見ようともせず黙りこくったまま地面を眺めてる。
「そうだ身内…なぜ気付かなかったんだろう」
「…は?」
「葛城小町が何故僕の家に来たのか」
「何故って…」
クズの話に頭を切り替えていたから急に話を戻されて答えに詰まる。坂田サンが「あ、そっか!」と声を荒げた。
「葛城小町が渡辺家に預けられた経緯を遡れば自ずと答えに辿り着く!」
「…あ」
そうだ。そうじゃねえか。何でこんな初歩的なことに今まで気付かなかったのか。
「容易なことではないからね…無意識に避けてたのかも。けど」
「調べる価値はある。やるよ」
「けど、探る事の危険性は?」
「酒呑童子の末裔さん」
とうとう坂田サンは俺の事をそう呼んでさっきと同様優しく微笑んだ。
「俺らもね、第二の葛城三弥は作りたくないんだ。これでもね」
「…」
「キミだけに覚悟は決めさせない。俺も…綸もね」
渡辺に目をやればこっちもさっきと同じ少し不貞腐れた顔で、「先に言われたのはムカつくけど…そうゆう事。」と同調した。いつもは隠そうとする癖に幼馴染の前ともなるとこうも不満気な顔を曝け出すらしい。それが坂田金治とゆう男を信じて良い証な気がして、俺は糸電話越しに頭を下げた。
「ね、やっぱり名前教えて。名無しは呼びにくい」
「ああ。名前はうし…、」
「ストップ!名前なんて教えなくて良し。これからの報告は僕づてで伝えるよ」
「メンドくせえだろ、それじゃあ」
「全然!」
「うし…何?何くん?」
「だから、うし…、」
「ダメだって!」
「…いいやもう。ウシ君で」
「!?」
呆れ顔で勝手にそう完結する坂田サン。
やっぱり名前を教えたほうがマシだった。渡辺の横っ面を張り倒しながら俺は後で必ず訂正すると心に誓った。
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