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E p i s o d e . - L I O - Ⅳ
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満月が空の天辺に登る頃、リオとシルヴァは宿を出た。
餌食になった娘を弔いたいとリオは言ったが、シルヴァはそれを許さなかった。
せめてベッドにと懇願するリオに、シルヴァは仕方なく、がらくたのように床に落ちていた娘を抱き上げベッドに寝かせた。
冷たくなった指を胸の上で組ませ、リオは精一杯の謝罪の言葉と、娘の冥福を祈る。
夜中に立つのは予想していたが、宿の中は不気味なほどに静かだった。
娘の死など知らぬであろう経営者夫婦も、その家族の寝息も、宿泊者の気配も、何ひとつない。
ただひとつ、行き当たった静寂の答えに、リオははっと体を強張らせた。
しかし、シルヴァに強く掴まれた腕を振りほどくことはできなくて、リオは静かに泣きながら、無人の宿を後にした。
*
*
こんな時間に馬車は捕まらないため、朝まで歩くとシルヴァは言う。
反対ではなかったが、身長も違えば足の長さも違う二人が同じスピードで歩くのは、あまりに難しかった。
腕を掴まれながら、つまずくように後を追ってくるリオを、シルヴァは時折愛おしげに振り返る。
それでも、足を止めたり緩めたりしないのは、リオに意地悪をしていて楽しいからだ。
朝が近づくと、シルヴァは近隣の村や町に宿を取った。
どんな時も相場の十倍はあろうかという宿代を勝手に出していたが、その金の中に人の命の代金も含まれていたらと思い、リオは怖くなって宿代を正規の値段で払い直した。
しかし、その努力も空しく、シルヴァの“狩り”は止められなかった。
日中は真っ暗な部屋でリオを抱き枕にして寝て過ごし、夜は人間を狩りに行く。
何度か土産と称して美しい少女を宿に呼び込み、最初のようにリオに無理やり血を飲ませようとしたが、リオは頑なに拒み続け、結果口移しで半ば無理やり飲ませることが習慣になっていた。
リオの食事が終わると、シルヴァは決まってリオを抱く。
罪悪感にまみれたリオを抱くことが、シルヴァは何より楽しそうだった。
思うように血が飲めなかった頃は、人間の食べ物で気を紛らわせていたせいか、その癖がなかなか抜けなかった。
夜市の出た道で、実演販売している屋台を通りかかった時、リオの腹がぐぅ、と鳴る。
それに気付き、シルヴァが足を止めると、リオは真っ赤になって立ち止まっていた。
屋台の良い匂いに惹かれたのだろう。簡易的な窯でアップルパイを売っている店先で、シルヴァは仕方ないという様子でリオに小銭を渡した。
リオはぱっと顔を輝かせてアップルパイを一つ買い、目立たないよう、市から離れた木陰に移動する。
日が沈んだとはいえ、周囲にはまだ太陽の熱が残り、シルヴァは気だるそうだった。
シルヴァは巨木に寄りかかり、嬉しそうにバターの香るアップルパイを眺めるリオを見つめる。
その視線にふと気付き、リオはアップルパイを半分に割り、おずおずと差し出した。
「何…」
「あの…きっと美味しいから…」
その言葉には、ほんの少しの期待が込められていた。
もし人の食べ物をシルヴァが美味しいと思うなら、この先、少なくとも人の血を飲み干さずに生きていけるかもしれない。
そんな思惑も知らぬ顔で、シルヴァはアップルパイを受け取った。
香ばしい香りを嗅ぎ、ひと口含む。
「…まずい」
そしてすぐに、アップルパイを放ってしまった。
べしゃ、と地面に落ちたアップルパイを見て、リオの眉がしゅんと下がる。
自分も食べてみたものの、確かに、血の芳しさには負けるが、それなりに美味しいパイだった。
「美味しいと思うけど…」
「嫌だ。砂みたいな味がする」
そう言って、シルヴァは口直しとばかりにリオの指に牙を立てる。
結局自分がシルヴァの“おやつ”になりながら、リオはふと、ディズリーの新聞で見た神話時代の話を思い出した。
その昔、巨万の富を得た富豪が、神を陥れるために我が子を殺し料理して神々に振舞った。
それに怒った神々は、その者を一生涯何を口にしても砂の味しかしない地獄に突き落としたという。
あくまで、おとぎ話だと思って読んでいたが、なぜかふと、目の前の少年がその富豪と重なった。
その後、富豪はどうなったのだろう…。
リオは冷めたアップルパイを齧りながら、ぼんやりと夕闇を見つめていた。
*
The next episode → CHRIS.
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