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プロローグ
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【プロローグ】
彼は真っ暗な闇の中にいた。
光も差さない、外の音も聞こえない。彼自身のうめき声と呼吸音、それから彼を拘束するたくさんの鎖の音だけが、闇の中に響いている。
彼をこうして封じたいと望んだのは、彼自身だ。
光が無ければ、誰も彼の姿を見ない。誰の顔を見ることもない。彼の姿を見た者たちが、顔を恐怖にこわばらせるのを見なくてすむ。
誰の姿もなければ、話し声も聞こえない。彼の名前が、恐ろしいモノのように語られるのを聴くこともない。今、誰かが自分の噂話をしているだろうかと、気を病む心配もなかった。
ここには誰もいない。ただ、彼がたった1人闇の中にうずくまるだけ。
そうして自らを闇に封じて、もう何百年経っただろう? 生きているのか死んでいるのか、もはや彼自身にも分からない。
ただ、手首と足首に着けられた枷の痛みだけが、わずかな「生」の証拠に思えた。
彼は、異世界から召喚された勇者だった。名前を名木沢嗣人という。召喚された当時は、まだ15歳になったばかりの少年だった。
この世界の者たちには上手く発音できない名前のようで、当時の仲間からは「ナギ」と短く呼ばれ、その名だけが広まり残っている。
今ではおとぎ話として語られているが、かつてこの世には魔族がいて、その魔族の頂点に魔王が君臨し、人間たちと日々争いを繰り返していた。
魔族は数こそ少ないが、1人1人が人間の何倍も力を持っており、人々を蹂躙し回っていた。多くの魔獣を率いて村や町を襲い、襲われた住民は多くが魔獣のエサとされた。
人間の国々はこの襲撃に大いに困り、何度も軍隊を派遣したが、彼らの力だけでは魔族を駆逐することはできなかった。
そこで行われたのが、勇者の召喚である。
そうして現われたのが彼なのだが、勿論最初から「勇者」だった訳ではない。初めはただの一般人で、剣を持つどころかケンカすらほとんどしたことのない、ごく普通の少年だった。
しかし、彼の非凡さは、訓練を施してすぐに知られることになった。
初日よりも2日目、2日目よりも3日目……剣の技術も体力も、目に見えて向上し、教官たちを驚かせた。
1ヶ月もしない内に、軍人数人を相手取っても負けないようになっており、剣を構えて不敵に笑う様子はまさに「勇者」だというオーラがあった。
彼ならば、きっと魔族を駆逐してくれるだろう。魔獣を蹴散らし、魔王を斃して、人々に平和をもたらしてくれるに違いない。
人々は皆彼を頼り、声高に彼を称えた。
やがて彼は召喚された城を出て、少数の精鋭たちと共に各地を回り、町や村を魔族の手から奪い返した。
彼と共に旅をしたのは、癒しの術を使える聖女や、護りに秀でた重戦士、見届け人としての役目を負う召喚国の王子や、戦いに慣れた兵士たち。
人々を解放する旅は何年も続き、勇者は少年から青年になった。
勿論、その間も日々その力は増していて、ついに魔王の元に辿り着いた頃には、魔王に匹敵する程の力を備えていた。
その様子は、怒号ひとつで魔獣が吹き飛び、剣の一振りで地が割れる程だったと伝えられている。
それが真実なのかどうか、知る者はもういない。
魔王と勇者の戦いは、すさまじいものだったらしいが、その詳細も分からない。
すべての記録は封じられ、ただ召喚国の王族だけが受け継ぐのみだ。
魔王を斃し、魔族も魔獣も1匹残らず駆逐した彼は、仲間たちと共に救世の勇者だと大いに称えられ、華々しく凱旋を果たしたが――その栄光も長くは続かなかった。
魔王に匹敵する程の力を持ち、更に今後も力を着けて行くに違いない。そんな「勇者」の存在を、人々が次第に恐れるようになったからだ。
始まりは、勇者と仲間だった王子の、小さなケンカだった。だが、そのケンカで王城の石壁をぶち抜いてしまえば、問題が大きくなるのは当然のことだ。
それ以来、人々が手のひらを返したように、彼を恐れの目で見るようになった。
彼の顔を見るだけで、悲鳴を上げて逃げ出す者もいた。目が合っただけで、気を失う者もいた。さすがに面と向かって「恐ろしい」と口にする者はいなかったが、噂話を消すことはできない。
そうして恐れられた勇者を、けれど、誰が一体斃すことができるだろう?
召喚国の王や上層部は頭を悩ませ、彼の扱いに苦慮を重ねた。元から聡明だった彼が、またそれに気付かないハズもなかった。
「オレを地下牢に封じてください」
彼はやがて国王に願い出て――そうして数百年を、地下深くで過ごすことになった。
彼の姿は、魔王を斃したその時のままである。
20歳になるかならないか、そのままの若さと力を損なっていないのは、斃した魔王から呪いを受けたからだ。髪の毛も伸びない、爪も伸びない。
不老不死の呪い。
その呪いは、もう誰も、自分自身さえ信用できなくなった彼が、心から誰かを信じ、また相手からも信じて貰えた時に解けるだろうと言われている。
だが、それすらもう伝説となっており、今はおとぎ話として語られるだけに過ぎない。
光も差さない、音も聞こえない、そんな闇の中で、彼はひたすら待っている。自分をこの闇から救ってくれる者を。彼を恐れの目で見ない者を。
誰か、彼の心の声を聴いて欲しい。
いつか彼が光の中で、その誰かと共に笑い合える日が来ることを願って。
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