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大量の食事を食べ終わった後、勇者様が「で?」って、オレに話を向けた。
「オレに何をして欲しーんだ? まさか、メシを食わすためにわざわざ呼び出した訳じゃねーんだろ?」
満腹になったお腹をぽんと叩き、イスにふんぞり返った勇者様が、げふっと大胆にげっぷする。
怖いモノなんて何もないっていうような、不敵な態度。けど、かつて世界を救ったっていう勇者なら、実際怖いモノなんてないのかも。
おとぎ話として伝えられてることが、どこまでホントなのかは知らないけど、きっと彼はものすごく強いんだろう。
ただ、彼1人で隣国の軍隊をどうにかできるとは思えない。
じーちゃんや他の王族のみんなだって、きっとそんな大それたことを期待してる訳じゃないんだと思う。
勇者様に望むのは、きっと求心力なんだ。
彼がいれば負けないって思うこと。きっと勝てるって思えること。戦争にはそれが大事で、必要不可欠なことだろうと思った。
「あの……うちの国、戦争になりそうなんです。隣の軍事国家から、降伏勧告を受けてて……」
ただたどしく説明しながら、そういや詳しい事はオレもよく知らないなぁと思った。
どういう条件での降伏を求められたのか、開戦がいつになりそうなのか、何も知らないし、知らされてない。
勇者様には、じーちゃんから直接説明するんだろうか?
けどその勇者様はあまり興味なさそうで、「ふーん」と鼻を鳴らしただけだった。
「今度の相手は人間かよ。で? その軍事国家とやらを滅ぼしゃいーのか?」
「ほ……滅ぼす?」
「オレを呼んだってことは、そーいうことじゃねーの? なんせ、オレは大量殺りく兵器だかんな?」
「た……?」
タイリョーサツリクヘーキ、って。よく分かんないけどあまりに不穏な言葉に、思わずぶんぶん首を振る。
「で? オレがその求めに応じるとして、対価は何を差し出すんだ?」
「えっ、対価?」
その言葉も意外で、答えられない。じーちゃんから何も聞かされてない。
けど確かに言われてみれば、誰かに協力を求めるなら、対価がいるのは当然だ。
「金か? 地位か? それとも名誉でもくれんのか?」
暗い色の瞳でまっすぐに見つめられ、「え、と……」って情けなく言葉に詰まる。
じーちゃんからは何も聞かされてないけど、ホントに戦争が回避できるなら、きっと金でも地位でも名誉でも、じーちゃんは惜しまないだろうと思った。
でも同時に、彼はそれを求めてないんじゃないかとも思った。
勇者様が欲しいのは、お金でも地位でも名誉でもない。けど、それが何なのか、オレなんかに分かるハズもない。そして、オレが今差し出せるモノだって、何もなかった。
「祖父……国王陛下に訊いてみないと分かんないです、けど。あの、オレにできることなら、何でも……」
「何でも?」
言葉尻を問われ、「はい」ってうなずく。
ドキドキしながら勇者様の顔をうかがうと、キリッと濃い眉の間に深いしわが刻まれてて、ちょっと怒ってるように見えた。
「何でも、ねぇ」
形のいい唇の片方だけが上がってて、笑みが歪んでて、すごく皮肉そう。オレの答えじゃ、ダメだった?
「勇者様?」
思わず声を掛けると、「なんだ、王子様?」って言い返された。
「え、王子様って」
そりゃ、確かに身分的には王子ではあるんだけど、そんな風に呼ばれたことはなくて、動揺する。
王族っていったって末席に近いし、権力も人脈も何もない。成人したら王子の身分は返上して、兵士になろうかって思ってるくらいだ。
けどそんなオレの動揺なんて、勇者様には関係ないみたい。
「王子なんだろ? 王族つってたし、封印の鍵になれるくらいなんだから」
ふん、と鼻で笑うように言われて、じわじわと顔が赤くなる。
「そうですけど。あの……『様』は、やめてください」
しどろもどろにそう言うと、勇者様は「じゃあオレも名前で呼べ」って更に皮肉気に笑みを歪めた。
「名木沢嗣人だ。言ってみろ。嗣人が名前、名木沢は家名だ」
「チュ……チュギュ……」
「チュギュトじゃねぇ、ツグトだ。名木沢嗣人。ちゃんと練習して言えるようになんねーと、オレが暴走しても止めらんねーぞ」
暴走? 意外な言葉に目を見開くと、「聞いてねーのか?」ってぎゅっと眉をしかめられた。
暴走とか、何も知らない。勇者様が暴走? それを止める? そんなこと、会議室では何も聞かされてない。そもそもオレは、勇者物語なんておとぎ話だと思ってたし、今その「勇者」がこうして目の前にいることも、イマイチ実感わいてなかった。
オレの態度を見て、勇者様もさすがに、話が噛み合ってないって分かったみたい。
「オレの話は、どこまで伝わってんだ? 今、オレはなんて噂されてる?」
皮肉気な笑みをやめ、真面目な顔で訊かれて、再び首を横に振る。
「噂なんて、何も」
「はあ!? 何も?」
怒ったように訊き返されてビクッとしたけど、ホントに何も知らないんだから、仕方ない。
何百年も昔、この世には魔王がいたらしい。魔王の率いる魔族や魔獣に、町や村が襲われ、人々は困窮してたらしい。そこで勇者様が召喚されて――そうして、魔王はいなくなり、平和な世の中が訪れたらしい。
オレが知ってるのはそれだけで、それは今では「おとぎ話」としてしか語られてはいなかった。
オレの説明を聞き終わると、勇者様はカタンとイスから立ち上がった。
「え、勇者様?」
「名前で呼べって。それより、歴史書が読みてぇ。図書館とかあるんだろ? 案内してくれ」
図書館は勿論ある。オレにはあまり縁がない場所だし、ここからちょっと遠いけど、案内しないって理由にはならない。
「はい、あの、チュグ……」
「嗣人だって。ちゃんと練習しろよ、ルーク」
苦笑しながらポンと頭を叩かれて、再びじわっと赤面する。
「ルーク」って呼ばれたことが嬉しいのか、ポンと頭を叩く手が優しかったのが嬉しいのか、それとも彼の笑みが皮肉っぽくなかったのが嬉しいのか……自分でもよく分かんなかった。
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