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本を何冊か選んだところで、図書室にどやどやと人が入って来た。
王城の図書室は王族専用じゃなくて、城勤めの侍従や官吏たちも使えるから、別におかしなことじゃない。一応、オレに対してみんな頭を下げるけど、特に遠慮することもなく、書架の方に入ってく。
でも勇者様にとっては、ちょっと居心地悪かったみたいだ。
「お前の部屋に戻ろう」
彼はちょっと険しい顔で、選んだ本をごっそりと抱えた。
さっきもちょっと思ったけど、人の目を気にするとこがあるみたいだ。目立つのイヤなのかな? なんでだろう? 過去に、嫌なことでもあったのか?
勇者様に関することは、全部破棄されてるっていうから、気になっても調べようがない。
本人に訊くしかないのかも。でもそこまで図々しくはなれないから、モヤモヤしつつ、見守るしかできなかった。
オレの部屋に戻ってから、勇者様はソファにどっかりと座って、再び本を読み始めた。
侍従の淹れてくれたお茶を飲みながら、オレも一緒にパラパラとめくる。
隣の国の、軍事政権の成り立ち。歴史。数々の侵略戦争の概要。そういうのがおおまかにまとめられてる内容で、そういえば習ったなぁ、と思い出す。
この部屋に教師を招いて、王族として恥ずかしくない程度の教育は受けてはいるけど、それが身についてるかどうかは自分でも疑問だ。
古文とかも苦手だし、古い歴史書を読むのも苦手。これは新しい本だからいいけど……と、そう思ったところで、ふと勇者様はこれを読めるのかなって疑問に思った。
400年前っていったら、使われてた文字もきっとかなり古い。封印の魔方陣に書かれてた文字も、なんとか読めたけど、古い文字だった。
魔方陣自体、もうとうに廃れてしまった技術で、使える人がいるって話は聞いたことがない。
「あの、今の文字、読めるんですか?」
本を閉じて勇者様に訊くと、勇者様は「あー?」って本から顔を上げ、正面に座るオレを見た。
「その、勇者様のいた頃のと、今とでは文字が違うので……」
彼の真っ直ぐな視線を受け、しどもどと説明すると、「ふーん」って軽くうなずかれた。
「オレは読めるぜ。どこの国の、いつの言語も読めるし喋れる。召喚チートってヤツだな」
「召喚チー、ト……?」
チートの意味は分かんなかったけど、言葉に不自由しないっていうのは分かった。
「そもそも、オレの世界の文字とは違うだろ。オレの名前だって、うまく発音できねーもんな」
ふん、と皮肉っぽく笑われると、うぐっと言葉に詰まるしかない。
ナギサワ=ツグト、何度も名乗られた勇者様の名前を、頑張って言えるように練習した方がいいみたい。
暴走がどうとか、「鍵」としてのことがなくても、オレだけはちゃんと名前を呼びたい。
「ツ、グト君……」
「おー、大分マシになったじゃん」
オレの呼びかけに、ツグト君がニヤッと頬を緩めて笑う。その笑みはさっきみたいに皮肉っぽく歪んではなくて、胸の奥がホカッとした。
再び本を読みながら、ツグト君がぽつりと言った。
「この部屋は、静かでいーな」
「ここは端っこだから」
ツグト君の言葉に素直にうなずき、温くなったお茶を飲む。
部屋にいるのは、オレ付きの侍従が1人と近衛兵が1人だけ。2人とも仕事中に余計なお喋りとかはしないし、オレも人と話すのは得意じゃないから、ここはいつもこんな感じだ。
オレの部屋を、わざわざ訪ねてくる人もない。
「オレは、王位継承順位も低いし。その内王子の地位、返上するつもりなんだ」
「ふーん」
オレの生い立ちになんて、ツグト君は興味ないだろう。ただ、王子継承順が19番目だって言ったら、「そりゃ低いな」って笑ってた。
「でも、『鍵』になれるくらいなんだし、直系ではあるんだろ?」
「それは、まあ……」
直系って言ったら、確かに直系なのかも知れない。国王はオレのじーちゃんだし、お父さんは国王の長男だった。
「それ、お前、直系の直系じゃねーか。なんでそれで19位なんだ?」
ツグト君には驚かれたけど、オレにとっては別に今更不思議じゃない。ただ、親が駆け落ち婚だっただけで、そんでその親ももういないだけだ。
市井育ちの落とし種、っていう異分子。
後ろ盾がないから、王族っていっても名前だけ。
けど、血筋だけは悪くないから、成人して臣籍に下るまで、子供とかは作っちゃいけないって決まってる。
そんな相手は全然ないし、予定もないし、心配されることもないんだけど。でも、余計な揉め事を起こさないためには、これは必要なことらしかった。
「ふーん、だからこの部屋、侍女がいねーのか」
ツグト君が本をぱたりと閉じて、「オレと同じだな」ってぽつりと呟く。
「同じって?」
首をかしげると、子供を作るなっていうのが同じだって言われた。
「異世界人との間で、そもそも繁殖できるかっつーのは疑問だけどな。人間兵器の子種はいらねーそうだぜ」
「こ……」
子種って。アケスケな単語に、ドキッとする。
「まあ、呪われた今のオレじゃ、子作りもできるかどーか分かんねーけど。試してみんのもアリかもな」
ニヤッと笑ったツグト君が、スッと立ち上がり、オレの頬に手を伸ばす。
「ツ、グト、君?」
「名木沢嗣人、だ。フルネームでちゃんと言えねーと、オレは止めらんねーぞ、ルーク=ミッドワルド」
オレの名前を呼んで、ツグト君が皮肉気に頬を歪める。
そのままちゅっとキスをされ、ますます真っ赤になったけど、彼の名前をまだ全部呼べないオレには、彼を止めることはできなかった。
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