アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
8
-
ツグト君にはちゃんと客室が用意されてたけど、結局そこを使うことはなかった。
「オレはここでいい」
彼がそう言って、オレの部屋に留まる事を選んだからだ。
「鍵」と一緒なのがいいのか、オレと一緒なのがいいのか、それともオレの部屋が静かだからいいのか、それはよく分かんない。けど、オレもツグト君と離れがたかったから、彼がいいのならそれでよかった。
家具はあんま華美じゃないけど、幸いベッドは大きいし。2人並んで寝ることも十分できる。
単に寝るだけじゃ済まないのは秘密だけど、じーちゃんたちには知られてるかも知れない。オレ付きの侍従とかだっている訳だし、報告だってされてると思う。
ただ、特に何も言われてないから、それで別にいいんだと思った。
じーちゃんとしても、勇者様には客室よりオレの部屋にいて欲しいんだろうか?
勇者様の存在を、不用意に知られないため? それとも、勇者様に、静かに過ごして貰いたいから?
じーちゃんの考えは、よく分かんない。オレも、何も知らされてない。ツグト君の考えも、よく分かんなかった。
近々勇者様のお披露目をする、ってじーちゃんに言われたことを伝えると、ツグト君は「ふーん」って皮肉気に笑って、当然のように受け入れてた。
「まあ、そーなるよな」
って。
同時に、慣れてもいるって言ってた。利用されるのなんて今更だって。
救国の英雄である勇者様を利用なんて、って思ったけど、隣国との戦をどうにかして欲しいって願うのも、結局は利用するってことになるのかも知れない。
「いーぜ。その代わり、お前はオレの側から離れんなよ?」
ぐいっとアゴを掴まれ、目を合わせてそう言われると「分かった」ってうなずくしかなかった。
ツグト君をひとりで衆目の中に立たせるとか、オレだってしたくない。
それは、彼が心配だからなのか、「鍵」としての自負を持ちたいからか、自分でもよく分かんなかった。
ただ単に、ツグト君と一緒にいたいからってだけなのかも知れない。
他の人の隣に立つツグト君のこと、想像しただけでじりっと胸が焦げる気がする。
鎖骨の下に刻まれた、鎖と錠前の痣みたいなのも、同時にヒリッと焼け付くような感じした。
ツグト君と一緒に過ごすようになっても、オレの生活は特に何も変わらなかった。ただ、ひとりで食べてた食事がふたりになり、会話が増えて食べる量も増えた。
ひとりで裏庭でやってた剣の素振りにも、ツグト君が付き合ってくれるようになった。
素振りだけじゃなくて、指導もしてくれた。剣の打ち合いっこもしてくれて、「もっと早く」とか「隙だらけだぞ」とか、オレのダメなとこ教えてくれた。
ツグト君が言うには、オレ、意外と筋がいいんだって。
「なんか、型にハマったような剣筋じゃねーな」
って。
「教科書通りの素直な剣筋じゃねーから、次の一手が見えにくい。もっと鍛錬すりゃ、いいとこまで行けると思うぜ」
素直じゃないって言われるとビミョーな気分だけど、誉めて貰えるとやっぱり嬉しい。それが勇者様なら尚更だ。
「オレ、兵士になれるかな?」
「おー、頑張れば戦場でも通用すると思うぜ」
剣を持つ大きな手でぽんと頭を撫でられて、ますます喜びに心が震える。
それは同時に、今のままじゃダメって意味でもあったけど、成人まではまだあるし。それまでに鍛錬、欠かさないようにしようと思った。
「でもなんで、王族なのにきちんと指導受けてねーんだ?」
ツグト君には不思議そうに言われたけど、それはよく分かんない。ちゃんと教えてくれる人がいなかったから、としか説明できなかった。
もしかしたら、じーちゃんが敢えてそうしなかったのかも知れない。
オレの両親が亡くなったのは、旅先で賊に襲われたせいだ。下手に剣の腕に自信がなければ、市井に降りることも、護衛を付けずに旅をすることもなかっただろう。
両親のように旅をして暮らすことに、オレだって憧れがない訳じゃないけど、オレの腕じゃ不足だってことは分かってる。
いつか王族の籍を返上し、臣籍に下るとしても、王都から勝手に離れることは考えてない。
それはもしかしたらオレ自身、見えない鎖に囚われてるって意味なのかも知れなかった。
オレがツグト君とそうして数日を過ごしてる間にも、勇者様のお披露目の準備は、じーちゃんたちによって進められてたみたいだ。じーちゃんの侍従がオレの部屋にやって来て、またじーちゃんの執務室に呼ばれて聞いた。
呼ばれたのはオレだけだったけど、ツグト君も「王に会いたい」とは言ってなかったし、じーちゃんもきっとそうなんだろう。
「勇者殿のお披露目の日取りが決まった。小規模なものだが、王都の国民に向けてのパレードと、貴族や有力者を招いてのパーティだな。隣国の使者も招いているから、それにも立ち会って貰いたい」
伝えてくれるかってじーちゃんに訊かれ、「はい」とうなずく。
パレードとパーティ。小規模っていうのがどのくらいなのかは分かんないけど、どっちにしろツグト君は喜ばないだろうって分かる。
でもバッサリ断る訳じゃなくて、きっと皮肉気に「いーぜ」って笑うんだろう。
お披露目の間、オレはツグト君の側にいられるのかな?
「あの、勇者様が、オレに側にいるようにって」
思い切ってじーちゃんに彼の言葉を伝えると、「うむ」って短くうなずかれてホッとした。
「お前は『鍵』だからな。勇者様の側から離れるな」
「はい」
じーちゃんにキッパリとうなずきを返し、執務室を後にする。
オレは勇者様の「鍵」。勇者様の封印を解き、鎖から解放したのも、ただ手を触れただけで何かした訳じゃなかったけど――それでも、「鍵」であることに変わりはない。
ツグト君の「特別」なんだって思いたい。
それがどういう気持ちなのか、まだよく分かんなかったけど、ずっとこのままでいられたらなって思った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
9 / 32