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国民に向けての発表に先んじて、まずは王城で国の主な貴族たちや、他の国の大使たちに対して、勇者様の存在がお披露目されることになった。
じーちゃんに先導されて、じーちゃんの後から謁見室に入り、じーちゃんの後ろにツグト君と立つ予定だ。
オレはガチガチに緊張してたけど、ツグト君も同じくちょっと緊張してた。オレみたいに震えてはなかったけど、ぎゅっと握られた手が冷たい。
固く整った顔をおろおろと見上げてると、ツグト君はオレの視線に気付いたのか、オレを見てふっと引き結んでた唇を緩めた。
「笑え。動揺を見せんな」
こそりと告げられ、頬に触れられてビクッとする。
ニヤッとツグト君が笑うのを見て、オレも真似して笑みを作ってはみたけど、今ここに鏡はないし、うまく笑えてるかは分かんなかった。
そういうやり取りで、緊張もちょっとはマシになったんだろうか? 再び握った彼の手は温かくて、勇者としての余裕が戻ったみたいに思えた。
実際、じーちゃんの後から謁見室に入った後も、ツグト君は余裕の笑みを崩さなかった。
背筋をまっすぐ伸ばし、大股でずかずかと歩いて、じーちゃんの座る玉座の斜め後ろに堂々と立つ。
謁見室の中央に控える貴族たちのざわめきも、部屋の左右に槍を持って立つ近衛兵たちの視線も、まっすぐに受け止めてゆるぎない。
逆に、集まってたみんなの方が動揺してたみたい。
この謁見に際して、勇者様の紹介があるっていうのは知らされてたとは思うけど、きっと半信半疑だったんだろうなって思った。
だって、勇者様の英雄譚は、今となってはおとぎ話だ。それは多分意図的に隠されたものだったし、仕方ないんだけど、みんな息を呑んだりうろたえたりしてて、ほとんど驚きを隠せてない。
平然としてるのは、勇者封印のあれこれを知ってた王族の大人だけだ。
「静粛に!」
じーちゃんの斜め前、玉座の足元に立つ宰相が声を張り上げて、謁見室中がしんと鎮まる。
「ここに宣言しよう。救国の勇者ナギ殿の復活だ」
じーちゃんの宣言に、誰も発言しなかった。「本物ですか?」って訊く声もない。それが、公の場だからなのか、それとも訊かなくても分かるからなのか、オレには判断つかなかった。
ただ、オレも一応王族の端くれではあったから、国王がそう言えば「そう」なるんだってことは知ってた。
「ナギだ」
ツグト君が声を張り上げて、大きく1歩前に出た。
「国の危機だと聞かされ、助力を求められた。古の盟約と友情に基づき、今回もそれに応じよう。血を受け継いだ王子の嘆願もあるからな」
ニヤリと笑って、オレの方を振り向くツグト君。手を差し伸べられてビビりつつ、その手を取ってオレも1歩前に出る。
みんなから視線を1度に向けられて、慣れないことにくらくらした。ふらつかずに足を踏ん張ってられたのは、ツグト君の力強い手があるからだ。
笑え、って言われたのを思い出し、ぎこちないなりに口の両端を引き上げる。笑えてるかどうかは分かんないけど、少なくともガクガク震えずにはいられて良かった。
貴族のみんなにとっては、ツグト君の「国の危機」って言葉も、やっぱり驚きだったみたいだ。しんと鎮まった中に、緊張が走る。
隣国から挑発的なこと言われてるの、やっぱりみんな知ってたみたい。
まだ戦争とかにはなってないけど、それは向こうが全面降伏みたいなのを迫ってるからで、ギリギリの瀬戸際ではあるんだろう。
国境に今、どのくらいの脅威があるのか、王城にまでは聞こえてこない。みそっかすの王族であるオレに、そんな情報が届けられるハズもない。
「事前に通知していた通り、勇者殿の復活を広く知らしめるためにパレードを行う。その後は、懇談会を兼ねたパーティだ」
じーちゃんの言葉に、集まってたみんなが声を揃えて「はっ」と頭を下げた。
「次に、各国の大使殿たちにも紹介しよう」
「場を空けよ」
じーちゃんに続いて宰相が声を上げ、貴族のみんなが謁見室の両脇、近衛兵たちの後ろにずらりと並ぶ。
玉座の真ん前、部屋の中央に敷かれた深紅のカーペットの上が広々と空き、やがてそこに、周辺各国の大使たちが近衛兵に先導されて現われた。
オレは政治とかに疎いから、誰がどこの国の大使なのかは顔を見ても分かんなかった。
新年のパーティとか、そういうのできっと会ってはいるんだろうけど、誰もオレになんか挨拶しないし、オレだってわざわざ誰かに挨拶したりしない。
貴族や兵士たちが見守る中、数人の大使たちは静かに謁見室に入って来て――玉座の横に立つツグト君の顔を見て、びくっと顔をこわばらせた。
うちの国でさえおとぎ話になってるんだから、きっとよその国でもそうなんだろう。じーちゃんに対する忠誠だってないし、勇者だって紹介されても、半信半疑なのに違いない。
けどさすがに国の代表として来てるだけあって、みんな顔には出さなかった。少なくとも、オレには分かんなかった。
ただ1人だけ、「ははは」って笑い始めた人がいて、それが多分例の、隣国の人なんだろうなって分かった。
オレだってちょっとドキッとするくらい、無礼だ。
国際問題になってもいいって思ってる? それとも、この場で手打ちにならないって、悟って侮ってるんだろうか?
「これはこれは、まさかおとぎ話の英雄にお会いできるとは思ってもみませんでしたぞ」
胸元にキラキラの勲章をいっぱい着けたその人は、国王の前だっていうのに立ち上がり、わざとらしく大きく両手を広げた。
「黒髪に黒い瞳、確かに異国の方のようですが、どちらのご出身で?」
じーちゃんを差し置き、嘲るようにツグト君に問いかける大使。隣に控えてるよその国々の大使たちがギョッと見上げるのにも構わない。左右に控えてた近衛兵が、サッと前に出て牽制したけど、それにもビビる様子はなかった。
けどツグト君の方も、そんな大使の態度に動揺は見せない。
「出身は日本だ。つっても、どーせ言っても分かんねぇだろうけどな」
ふん、と不敵に鼻を鳴らし、壇上から大使を堂々と見下ろすツグト君。こういうやり取りは慣れてるんだろうか? その端正な目元は冷ややかで、まっすぐに大使を見下ろしてる。
一方の大使の方も、侮りの態度を崩さない。どうせニセモノだって、そう思ってるんだろうか?
「本物の勇者様は、怒号ひとつで魔物を廃し、剣の一振りで地を割る程だったと聞き及んでおりますが。まさか本当ではありますまい?」
大きな身振り手振りをしながらニヤニヤと語る大使は、どこまでもイヤな感じだ。
ツグト君をバカにしてるの丸分かりで、じくっと胸が痛む。左右に控えてた貴族たちもざわめいてて、ムカついてるの分かった。
じーちゃんはどうだろう? 斜めからちらっと見たけど、平然としてるように見える。
オレの横に立つツグト君も、同じく平然としてるように見えた。
「ふん」
顔を上げ、皮肉気に唇を歪めて、ツグト君が鼻で笑う。
「なら、ここで試してみるか? お前も軍人なら、剣くらい扱えるんだろ?」
ツグト君が、そう言ってゆっくりと玉座の前の段差を降りた。彼の言葉に、隣国の大使が「は?」と不愉快そうに顔を歪める。
「バカにしておられるのですか?」
「バカにしてんのはそっちだろ?」
キッパリと言い返したツグト君は、すらりと腰の剣を抜いて、大使の方に投げ渡した。
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