アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
12
-
それからしばらくは、何事もない日々が続いた。
ツグト君や、ツグト君が特別視するオレに対して面会の希望とかはあったけど、そういうのは全部じーちゃんが断ってくれてたし、オレの部屋は静かなものだ。
端っことはいえ城の中だし、案内もなくオレの部屋まで辿り着けるような者もいない。手紙も多分、届かないよう手配されてたんだと思う。
何にせよ、オレたちの生活はいつも通りで、本を読んだり剣の稽古をしたり、2人でご飯を食べたりだった。
国境の方から急報があったのは、パレードから5日程経った頃だ。
「ルーク様、陛下がお呼びです」
じーちゃんの侍従に呼び出され、大急ぎでじーちゃんの執務室に向かう。ただ事じゃないっていうのは、「勇者様もご一緒に」って言われたことからも想像ついた。
前にじーちゃん、自分たち国家中枢の人間は勇者様に近寄らない方がいい、って言ってたのに。その方針を破ってツグト君を呼び出すんだから、きっと彼の力が必要なんだろう。
「いよいよか」
急な呼び出しにツグト君は一言だけ呟いて、素直に一緒に来てくれた。
何が「いよいよ」なんだろう? やっぱり戦争なんだろうか? 勇者様がいるって分かってるのに、それでも攻め込んで来たのかな?
日常が壊される気配に、廊下を進みながらぎゅっと服の胸元を握る。けど、その手を取って繋いでくれたツグト君の手は温かい。
人前に出るより緊張してないなんて、変なの。でもそれが「勇者」っていう存在なのかも知れない。
執務室の中には、じーちゃん始め、王族の大人たちが揃って並んでた。
「ルーク、そして勇者殿。よく聞いてくれ。国境の砦が昨晩急襲され、落とされたそうだ。隣国は更に攻め入り、領土内に進軍を続けている」
じーちゃんの重々しい言葉に、「ええっ」と思わず声を上げる。
攻めて来たんじゃなくて、もう攻め入られた? なんで? そんなに国境の砦って、脆かったのか?
「え、攻め……?」
動揺するオレの横で、ツグト君は「ふうん」と落ち着いた様子で立っている。
「一晩で砦が落とされたんなら、相当の戦力差があったんだな?」
「そうだ。敵兵の数は少なくとも1万を超えているだろう。どうやら随分前から、戦力を密かに終結させていたようだ」
ツグト君の予想に、じーちゃんがうなずく。1万を超える兵の数って、それだけでもうオレには想像できない。
王都の人口よりは少ないけど、国境近くの町や村の民の数よりはどうだろう?
この間のパレードで集まってた、たくさんの民衆の様子を思い出す。あれが全部敵兵だって想像すると、それだけでゾッとする。
「先方から何か言って来たか?」
「勇者殿を引き渡せ、と。勿論それに応えることはできん。応じる道理もない」
じーちゃんの言葉に「ふーん」と鼻を鳴らすツグト君。恐る恐るその顔を見ると、唇が皮肉気に歪んでて、でもどこか機嫌よさそう。
「まあ、いいだろう。で、オレに何を求める?」
「砦の奪還を」
短くそう言って、イスから立ち上がるじーちゃん。王族の大人たちがその両脇に並び、じーちゃんと共にツグト君に頭を下げた。
「勇者殿に願い申す。我が国に助力を」
それに対するツグト君の返事は、たった一言だけだった。
「ああ」
ニヤリと不敵に笑い、最強の勇者様がオレの腰を抱き寄せる。
「古の盟約と友情、そして『鍵』たる王子の献身に応え、オレの力を貸してやろう。ただし、常に『鍵』はオレの側に置く。そのつもりで準備を進めろ」
鍵って言葉と共に腰を抱く手が強くなり、ドキンと心臓が跳ね上がる。期待と喜びと緊張と不安、色んな感情が一気に胸に沸き起こり、何も言葉を口にできない。
ただ、絶望はなかった。
恐怖もない。初めての戦争だし、初めての戦場だけど、ツグト君と一緒なら怖くない。
「オレの名前、ちゃんと言えるな? ルーク」
ツグト君に囁かれ、おずおずとうなずく。
「ナギサワ、ツグト」
彼と出会ってから毎日毎晩、練習させられてた彼の名前。それはツグト君の熱と共にオレの体に深く刻まれ、もう言い間違うこともない。
鎖骨の下の刻印は、彼に抱かれる度に濃くなって、もうヒリヒリ痛むこともなかった。
「お前はオレの『鍵』だ。ずっと側にいて、オレを繋ぎ止めろ」
囁きと共に、耳元にちゅっと落とされるキス。
抱かれる前や抱かれてる最中のキスとは違って、そのキスに情欲の熱はない。代わりにどこか厳かで、誓うように真摯だった。
戦争を止めるために呼び起された勇者だったから、ツグト君の軍服も用意があった。オレ用の王族としての軍服があったのにはビックリしたけど、戦場への「鍵」の同行が分かってたなら、それも当然なのかも知れない。
パレードやパーティで着たのとは違う、実用的で動きやすい軍服。剣戟を防ぐためか、中に革が縫い込まれててずっしり重い。
ツグト君のマントはやっぱり真っ黒で、軍服は真っ白だった。剣を帯びるための腰ベルトと、肩から斜めに走る肩ベルトも、真っ黒でよく映える。
オレのも同じく真っ白の服に真っ黒のベルトで、ただマントだけが王族を示す赤だった。王家の紋章が金色で染め抜かれてて、王族だって認められてるみたいで、面はゆい。
オレも、剣を振るう機会はあるんだろうか?
ツグト君の足手まといにならないかな?
ドキドキしながら剣を帯び、すぐ側で準備を続けるツグト君を見上げる。
「急ぐぞ。迎撃は早ぇ方がいいからな」
そう言って、オレの肩をぽんと叩くツグト君の様子はいつも通りで――揺るぎない自信に満ちていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
13 / 32