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前線には騎馬で行くことになった。50人の兵士たちと一緒で、道中の町で馬を交換しながら急いで、5日間くらいかかるらしい。
じーちゃんには300人くらい兵を連れてくよう言われたけど、それはツグト君が断った。人数が多いと統率が取れなくなるし、行軍も遅くなるし、食料も馬も必要になってメリットがない、って。
「弱ぇヤツばっか揃えたって、足手まといになるだけだ」
ツグト君の強気な言葉に将軍たちは顔をしかめてたけど、じーちゃんが「よかろう」って言ったから、それはそのまま採用された。
王都から国境まで5日って随分速いってオレは思ったけど、ツグト君にとってはもどかしいくらい遅いんだって。
「飛行機はまだしも、鉄道くらいは欲しいよな」
そんなことをぼやいてたけど、ヒコーキやテツドウがどんなものなのか、オレにはまったく分かんない。
ツグト君は、元いた世界の事をあんま話してはくれないけど、どうやらここより随分便利な場所ではあったみたい。勇者召喚から400年近く経ってるし、これでも色々進化した面はあると思うんだけど、それでもまだ不足なんだって。
ホントかどうかは分かんないけど、ツグト君が全力で走れば、もっと早く着くとも言われた。ただ、それだと「鍵」であるオレが一緒に来られない。
「鍵」なしで戦争に介入することは、どうしてもできないみたいだから、足手まといになる軍を連れて行くことも、許容しなきゃいけないっぽかった。
50人の兵士たちに囲まれながら、ツグト君と一緒に馬を駆る。
出発のパレードや式典とか、そういう派手な演出はない。野営の準備と数日分の食料を馬に積み、大急ぎで城を出た。
勇者様が遠征すること、民衆には特に通知しなかったハズだけど、そういうのは自然に広まるらしい。将軍の1人を先頭に大通りを馬で駆け抜けると、その両脇にはたくさんの民衆が集まってて、声援と共に見送ってくれた。
期待されてるなぁと思う。その分、頑張らなきゃなぁとも思う。
馬上でちらっと見ただけだけど、民衆の顔に不安は見えなかった。国境での紛争とか、まだ他人事だからなのかも知れないけど、ツグト君の存在の大きさもあると思う。
勇者様がいれば大丈夫、って。その精神的支えの効果は大きい。
あまり頼り過ぎるのも危険な気はするけど、ツグト君はあまり気にしてないみたい。昔、魔族と戦ってた時も、こんな感じだったのかも知れなかった。
馬を走らせてる間は話をする余裕なんてなかったんだけど、合間合間に食事したり、交代で寝たりの休憩はある。その間もオレはツグト君の側にずっと寄り添って、ぽつぽつと色んな話をした。
乗馬の練習を始めたのはいつだったか、とか、剣の稽古はいつから始めたのか、とか。
オレは両親が亡くなるまで一緒に旅をしてたから、馬に乗るのも剣を持つのも、きっと普通の王族や貴族の子より早かったんじゃないかと思う。
ただ、それはまだお遊びの延長でしかなかったし、ちゃんと習ったとは言えなかった。王城に引き取られてから、乗馬はともかく剣術については習ってないし。王族としての一般的な事情とは違う。
「へえ、どうりで乗馬上手いと思った」
詳しい事情を訊かず、そんな風にツグト君に誉めて貰えてちょっと嬉しい。
一方のツグト君は、この世界に召喚された時はまだ、本物の馬を見たことすらなかったんだって。
図鑑で読んだり、シャシンやエイゾウで見たりはしてたけど、身近にいるような動物じゃなかった、って。もっと早くて力のある移動手段があったから、馬を使う事なんてなかったらしい。
そういえば、剣を持ったこともなかった……って、おとぎ話でも伝えられてたっけ。あれもホントのことみたい。
「火を起こすのも、焚き火をすんのも、野宿したのも。こっちに来て必要にかられて覚えたことばっかだな」
皮肉気に唇を歪め、ツグト君が呟く。
「オレ、中学を卒業したばっかだったんだぜ」
ツグト君の話は難し過ぎて、オレにはよく分かんない。ツグト君の世界のことを知らないから、「そうか……」って曖昧な相槌を打つことしかできない。
ただ、彼にも元の世界で、ちゃんと生活があったんだってことはしみじみ分かった。家族がいて仲間がいて居場所があって、そんで夢もあったって。
その夢が何だったのか、オレには訊くことはできなかった。
訊いても叶えてあげられるハズないし、元の世界に戻してあげられることもない。そもそも、召喚から400年近く経ってるし、きっとそういう問題でもない。
「旅か……」
オレの両親の話を聞いた後、ぽつりと呟いて遠くの空を見るツグト君に、胸の奥がじわっと痛む。
ツグト君はかつて魔族の王を斃すため、王子や聖女と一緒にあちこち旅をしたっていうけど。また同じように、旅をしたいんだろうか? それはオレの両親と同じなのか?
あの地下室から解放されて以来、パレード以外では王城の外にすら出てないけど。それって、彼を城に封じ込めてるって意味もあるのかな?
「外、出たい?」
ためらいながら訊くと、ふっと笑って「今出てんだろ」って答えられる。
「そろそろ行くぞ」
将軍に声を掛けて立ち上がり、自分の馬に近寄ってくツグト君。
早く早く、って焦ってるみたいにも見える。確かに侵略されてるのは大ごとだし、町や村の略奪とかも心配だけど、それよりオレはツグト君の雰囲気の方が心配だ。
まっすぐ伸びた背中、ぐっと前を向いた揺るぎない意志、自信と力に満ちた瞳。親と同じ世代の、年上の将軍たちに対しても、媚びたり譲ったりするとこがない。
ツグト君は、「勇者」だ。
救国の英雄で、魔王とも対等に戦える最強の「勇者」。
けど、馬の手綱をぐっと握るその手は、今、ちゃんと普通に温かいんだろうか?
遅れないように馬に乗り、ツグト君と並んで早駆けする。馬を走らせてる間は前を向くので精一杯で、隣の彼の顔色をうかがう程の余裕はない。
ただ、今は彼と彼の力を、信じるしかできそうになかった。
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