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夜が更けてから、早馬を送った近くの領主から返事が来た。そっちでも敵国の侵攻は把握してて、迎撃態勢になってるって。つまり、ある程度兵を集めてるってことだ。
書状には、朝になったら援軍を寄越してくれるとも書いてる。けど、それじゃ間に合わない。そして間に合わなくてもいいみたい。
「行くぜ。ちゃんとついて来いよ、ルーク」
ツグト君はニヤリと不敵な笑みで言って、それから街門に向けて自分の足で駆け出した。
えっ、って思うくらいの、物凄い速さだった。
ツグト君の軍服は、王城を出た時のままの黒いマントに白い服。マントを巻き付けてれば夜陰に紛れることもできそうだけど、そんなつもりもないみたい。
慌てて追いかけても、勿論追いつけなかった。
夜だし、襲撃の邪魔になるかもだから、馬は最初から陣に置いてく予定だった。けどきっと馬に乗ってても、追いつけなかったんじゃないかと思う。オレに見えたのは闇に翻るツグト君のマントだけ。街壁の上の敵兵も、ツグト君に気付くことはなかった。
門に向けて走るオレの目に、ツグト君の高く掲げた剣が見える。
門前を照らすたいまつの灯りに、その剣がギラリと光って――次の瞬間、びゅっと振り下ろされ、同時に街門が吹き飛んだ。
ドゴーン、と闇に響く破壊音。一瞬で粉々に吹き飛ぶ、分厚く作られてるハズの街門。
破城鎚や尖らせた丸太で何度も突いて、ようやく錠前を壊せるってくらいの造りなのに。それを一撃で粉々って、ビビるくらいスゴイ。
これが勇者様の力なのか?
剣の一振りで地を割るって、あの伝説はホントだった?
「ツグト君っ」
震える足を懸命に動かし、破壊された街門に駆け寄ると、「行くぞ」って声を掛けられた。
「突撃!」
「うおおー!」
ツグト君の号令に、同行した兵たちが雄たけびを上げながら後に続く。
彼の立ってたとこから門に向けて、地面に亀裂が入ってたけど、そんな状況に目を見張ってる余裕はなかった。
同じく亀裂の入った街壁の上から、敵兵たちがパラパラと弓を射ってくる。
「敵襲! 敵襲だ!」
そんな叫び声が響くけど、現場はひどく混乱してて、オレらの突撃を止められない。遅ればせながら槍を持って駆け付けてきた一団は、ツグト君にあっという間に倒された。
「民を!」
ツグト君が将軍に指示を出し、それから「行くぞ」ってオレを誘う。
「えっ、どこへ?」
思わず訊くと、「敵のいるトコだよ」って言われた。
敵兵の多い場所を次々襲いながら向かえば、自然と総大将に行く着くだろうって。
「制圧すんのに理屈はいらねぇ。ただ屠るだけだ」
不敵にそう言いながら、ツグト君は敵兵に向かって駆けて行く。敵に攻撃されるより、当然ツグト君のスピードの方が上だ。
オレも剣を抜いて後に続いたけど、ほとんど活躍する機会もなかった。囲まれるより先に敵が倒れ、視界がどんどん開けて行く。
速過ぎて剣筋すら見えない。ただ、あちこちの篝火を剣が反射してキラキラ光る。
敵の陣地の真っただ中にいるっていうのに、この安心感は何だろう?
頼り切っちゃいけないって思うのに、頼りに思ってしまいそう。確かにじーちゃんの言う通り、政治の中枢で権力を握る人は、彼に近寄っちゃいけないって思った。気を付けないと強さに味をしめて、力に溺れてしまうかも知れない。
「おら、雑魚ばっかか!」
時々敵を挑発しながら、立ちはだかる敵をどんどん斬り倒し、先に進むツグト君。来る者には容赦なく、逃げる者は放置する。
その内、名乗ってもいないのにツグト君の正体が知れたみたい。「勇者だ!」って悲鳴と共に、逃げる敵兵が続出した。
「人をバケモンみてーに言うなよな」
ふん、と鼻を鳴らし、皮肉気に呟くツグト君。
「まあ、バケモンには違いねーか」
そう言う彼の唇は皮肉気に歪んでて、ズキンと胸が痛くなる。
いくら軍事国家だって言っても、兵の大半は正規の軍人じゃなくて、寄せ集めの民衆だ。時々訓練とかはするだろうけど、戦争のために駆り出された人が多い。
だから、絶対かなわないだろうっていう強敵を前に、しり込みして逃げてくのも不思議じゃない。
無差別に倒していくより、逃げてって貰った方がホッとする。ついでに自分の国に帰ってくれればって思う。
だから、ツグト君がそんな顔する必要はない。
「バケモノじゃないよ。ツグト君はツグト君だ」
思わずそう言うと、ツグト君は形のいい目を見開いて、それからふっと口元を緩めた。
敵兵を倒し続けて前に進む。
何十人、何百人、そうして斬ったかもう分かんない。
叫び声と共に駆け寄りながら、まっすぐオレらに向けられる槍。次々に襲い来る剣。それをツグト君が一振りで打ち払い、容赦なく斬り払った。
オレも、勿論戦った。
ツグト君みたいに1度に何人もを倒す事なんてできないけど、背後から来る敵を1人1人退ける。
手も足も震えそうになったけど、ツグト君がいれば平気。多分平気。ツグト君にばっか負担を押し付けられない。
「総大将はどこだ!? 出て来い!」
ツグト君が怒声を上げた。その声は街のあちこちに響き渡り、それだけで敵兵をビビらせる。
「勇者を食い止めろ! それ以上進ませるな!」
馬に乗った敵兵が、周りの兵士たちにゲキを飛ばした。前に城で見た、あの無礼な使者と同じような軍服姿で、一目見てエラい人だって分かる。
ツグト君も分かったみたい。
「ザコなんかにオレが止められっかよ!」
ニヤリと笑って剣を上に掲げるツグト君。けど、その馬上のエラそうな敵兵は、ツグト君に向かって来なかった。
「かかれ!」
周りの兵士に命令して、自分は馬首を返し駆け去って行く。
「追うぞ!」
ツグト君の言葉に、「うん」とうなずく。周りのザコ兵はビビってて、オレらを遠巻きに囲むだけで襲って来ない。
オレだって足が震えてたけど、ツグト君に前に言われた通り、笑みを作るのを忘れなかった。きっと引きつった無様な笑顔だろうけど、それを笑う者はない。
ビビる敵兵は放置して、去ってった馬を追い駆けて走る。
けど間もなくたどり着いた街の中枢にも、敵の上層部はいなくて――。合流した味方の将軍から、敵陣が街から撤退したと聞かされた。
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