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その後はまた斥候の帰還を待って、馬を走らせ国境の砦へと向かった。砦は敵の手に落ちたままで、敵もまだそこに主力を残したままらしい。
街での戦闘でツグト君がかなりの数を減らしたと思うけど、1万を超えるっていう全体の数からみれば、それもわずかだ。
国境の砦っていうのは、敵側からは攻めにくく造られてはいるけど、こっち側に対してはそうでもない。けど今は、砦を後ろにして敵の軍隊が展開してて、迎撃戦の準備をしてるようだった。
砦の周囲は荒野になってて、多数の兵を動かせやすいようになってる。物資を運び入れやすいのもあるんだけど、今回はそれが災いした形だ。
砦は高い位置にあるから、向こうからオレらの進軍は丸見えだろう。
やがてこっちからも、敵兵がたくさん群れているのが馬上から見えるようになっていた。
矢の届かない位置でオレらが止まると、向こうから大歓声が湧き上がる。獲物が来たって喜んでる感じ。こんな少数でどうするんだって、バカにされてるの分かる。ツグト君の存在を恐れてもない。
もしかしたら街での戦いのとき、その雄姿を見てないのかも?
別にツグト君のことを恐れて欲しい訳じゃないんだけど、侮られるとモヤッとする。けど、それより衝撃的なことが起きて、モヤッとどころじゃなくなった。
敵兵たちの掲げる無数の槍、そしてところどころにたなびく旗。それと一緒に黒っぽい何かが槍のてっぺんに掲げられてて、ギョッとする。
「あいつら……」
ツグト君が隣で低く唸るのが聞こえたけど、視線を敵から逸らすことができない。
敵兵の槍のてっぺんに突き刺され、歓声と共に空に突き上げられるモノ。その黒っぽい丸いモノは、遠目から見ても人間の頭だと分かって、手綱を握る手がぶるぶると震えた。
砦に詰めてた兵のモノなのか、それとも周辺の住民のモノなのか、それはさすがに分かんない。けど、オレらの挑発と嘲笑に使うからには、うちの国の人間のモノなんだろう。
いや、仮に我が国の民のモノじゃないにしても、死者の首をあんな風に晒すなんて有り得ない所業だ。
これが侵略国家のやり方なんだろうか?
こうして国々を襲い、人々を蹂躙して来たの?
「なんと非道な」
「ケダモノか」
味方の兵士たちが口々に罵る中、オレは絶句して声も出せない。ただ、ツグト君がまた低く唸るのは聞こえた。
「許せねぇ」
馬を降りる気配にギクシャクと視線を向けると、ツグト君が地面に降り立ち、すらりと剣を抜くとこだった。
「あっ、……っ」
ツグト君、と声を掛けたかったけど、いっぱいいっぱいになってたせいで、ただでさえ発音しにくい名前を口にすることができなかった。
何するのって訊きたかったけど訊けない。剣を抜く理由なんて、きっとひとつしかない。
「……っ、待って」
慌てて馬を降りたけど、それよりツグト君がダッと駆け出す方が早かった。びゅっと風が吹いて土埃が舞い、一瞬視界が邪魔される。
「ツグト君っ」
目元を両腕で覆いながら呼んだけど、彼は戻って来なかった。オレも後を追おうとしたけど、それは味方の兵に阻まれる。
うおー、と湧く敵の陣。それに向かってたった1人で突っ走るツグト君。無数の矢が彼を襲ったけど、その足は止まらない。
矢はこっちにも飛んで来て、兵たちの持つ盾に当たった。カンカンと音を立てて弾く音が間近で響き、頭上を矢が越えていく。
「オレ、追いっ」
追い駆けないとって言おうとしたけど、戦闘の最中じゃうまく言えなかった。「危険です」って盾に阻まれ、そこから1歩も動けない。ただ遠目に、駆けて行くツグト君の姿を見るしかなかった。
無数に彼に向けて降り注ぐ矢は、不思議と彼には刺さらない。オモチャの矢か棒切れみたいに、弾かれて地面に落ちて行く。
まるでツグト君の体が、鉄か何かでできてるみたい。
何度も夜を共に過ごしたオレは、勿論彼が同じ人間なんだって分かってる。筋肉質でたくましいけど、すべらかで温かい普通の体だ。けど、じゃあ、矢が刺さらないのはなんでだろう? 「勇者」だから?
追い駆けるのを兵に阻まれ、それでも追おうとして前を見る。ツグト君が心配で目が離せない。もう少しでツグト君が敵にぶつかる。そう思った時、彼がびゅっと剣を横に一閃した。
その瞬間、敵兵が一斉に空を舞った。
何が起きたかよく分かんない。ただ、敵陣は一瞬で吹き飛んで、一瞬で見事に散り散りになった。
――怒号ひとつで魔獣が吹き飛び、剣の一振りで地が割れる。
おとぎ話で伝えられてた、勇者物語の一節を思い出す。剣の一振りで街門を崩したツグト君。同じく剣の一振りで、敵陣を壊滅に追い込んだツグト君。勇者様の力を見せられて、オレも兵たちも言葉がない。
さっきまでのナメた態度がウソのように、残った敵兵たちが砦の中に逃げて行く。けど、ツグト君はそれで止まらない。更に砦に向かって駆けてくのが見えて、オレも慌てて追おうとした。
「ルーク様、馬に!」
将軍に促されて馬の存在を思い出し、あわあわと乗騎する。ああ、オレ、落ち着かないと。そう思うけど、どうすれば落ち着けるのか分かんない。ぐるぐる目が回りそうになるのを必死にこらえ、手綱を握って馬の腹を強く蹴る。
「前進!」
将軍の号令に、味方の兵たちも一斉に馬を走らせた。
もう矢は飛んで来ない。前に立ちふさがる敵もいない。地面に倒れた敵兵があちこちに転がってるけど、それに目をくれる余裕もない。
ツグト君、ツグト君……。
心の中で繰り返しながら必死で馬を走らせてると――。
ゴガーン。そんな破壊音が空に響いて、目の前の砦が崩壊した。
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