アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
19
-
斜め一閃に亀裂が入り、そこから崩れ落ちる砦。まるで砂糖菓子でできてるみたい。あんなあっけない物だっけ?
砂糖菓子の城からアリがぽろぽろ落ちるみたいに、人がぽろぽろ落ちるのが見える。
もうもうとたつ土埃。風が正面からびゅうびゅう吹いて、まっすぐ顔を上げられない。背中のマントがバサバサとあおられ、はるか遠くにツグト君らしき黒いマントが小さく見える。
あれだけ揃ってた敵陣は跡形もなく散り散りで、体裁を整える余裕もないみたい。
敵兵は馬で駆けるオレらを見ても逃げ腰で、矢の1本すら飛んで来なかった。それでも、こっちに向けて逃げないだけ、まだ理性はあるんだろうか?
敵兵たちが崩壊した砦の方、国境の方に走ってく。
そのまま自分たちの国に帰るのかな? もう、帰ってくれるのかな? 2度と戦争なんか起こさず、侵略なんか仕掛けず、そっとしといてくれるかな?
「おおらあああ――っ!」
遠くからツグト君の雄たけびが聞こえ、鎖骨の下の痣がヒリッと痛んだ。
痣が痛い。胸が痛い。ツグト君が見えない。ただ聞こえるのは怒声だけで、彼の居場所も分かんないのに、どうしようもなく気が逸る。
「おおおおお――……」
空に轟くツグト君の怒号。
「あれは……」
馬を走らせながら絶句する味方の兵。
「ルーク様、どちらに?」
並走する将軍に訊かれたけど、何も言えずに首を振るしかできなかった。自分でもどこに向かってるのか、なんで馬を走らせてんのか分かんなかった。
ただ、急がなきゃいけないって、それだけは思った。
「ツグト君をっ」
ツグト君を探して。そして止めなきゃいけない。土埃のせいだけじゃなく涙が浮かぶ。
馬の駆ける震動に、ガクガクと視界がぶれる。
ドーン……。また地響きがして、かなり近付いた砦が更に崩れるのが見える。
わあわあと後ろで騒いでるのは、味方の兵だろうか? それとも、置き去りにした敵兵かな?
捕まえてる? 追い払ってる? もう後ろに目を向ける余裕もなくて、自分の目では確認できない。それに、そんなに確認したいとは思わなかった。
オレの頭の中を占めるのは、ツグト君のことだけだ。
「しょーもねーな」って皮肉気に唇を歪め、自分の事を兵器だって言ってた伝説の英雄。おとぎ話の勇者様。
けどその勇者様の足元には、瓦礫と死体の山しか残ってなくて――そのことに、どうすればいいのか分かんなかった。
砦の間近まで来ると、大小の瓦礫がゴロゴロと山になってて、馬のままで進むことができなくなった。
ちゅうちょなく馬を降り、土埃と瓦礫の中を進む。
あちこちに敵の死体が転がってて、町や村で見せられた惨状を思い出す。
ここにいるのは侵略兵だ。だから、無抵抗の民を無差別に殺した敵国の所業とは違う。あっちの方がもっと残虐。敵の方がもっとヒドイ。
けど、必死にそう思おうとしても、足の震えは止まらなかった。
「ツグト君……?」
震える声で名前を呼んでも、「なんだ?」って返事はない。
もう怒号も聞こえない。
ガラガラと瓦礫を踏み越え、土臭い崩壊のニオイを嗅ぎながら、必死に視線を走らせる。
黒い髪に黒いマント。昼間、太陽の下でなら目立つ格好のハズなのに、ツグト君の姿が探せない。
「ツグト君……!」
「勇者様ー!」
オレの声に混じり、将軍たちがツグト君を呼んだ。それにも返事はなくて、不安が募る。
まさか……なんて、有り得ないハズの予感に胸が震える。まさか、敵にやられたとかないよね? ツグト君、無事だよね?
「ツグト君っ?」
ぎゅうっと胸が痛むのを感じながら、瓦礫の中を捜し歩いてると、「あちらに!」って誰かの声がして、瓦礫の向こうを指差された。
見ると、真っ黒なマントが風にぶわっとはためいてるのが分かって、ツグト君だってホッとする。
ツグト君は血にまみれた剣を引きずるように片手にぶら下げ、どこか歪な立ち姿で、こっちに背中を向けていた。
彼の視線の先には、慌てたように撤退していく敵の一群の姿がある。
さっき砦の手前で待ち構えてたのとは違う、てんでバラバラな人の群れ。馬で駆けて逃げながら、こっちに弓をいくつも射かけてるけど、ちっとも届く距離にない。
届かないって分かってるのにまだ弓を射てるのは、牽制のつもりなんだろうか? それとも挑発なんだろうか?
「撤退しましたな」
「だが、懲りてはいない様子」
後ろで将軍たちが話すのが聞こえる。
懲りてないって、どうして将軍がそう思ったのかはよく分かんない。オレには軍のこととか戦略のこととか、そういう知識はほぼないし、ちゃんと考える事もできない。
崩壊したのが、自国の砦じゃないからかも。
砦の向こうには国境を示す川が流れてて、その先には敵国の領土が広がってる。
ところどころ緑色に見えるのは、農地があるからだろうか? でも、そこに敵兵がどんどん踏み込んでくのが見えるから、やっぱ農地じゃないんだろうか?
やがて敵の軍が1人残らず国境の川を越えた時――それまでじっとたたずんでたツグト君が、ふらりと動いた。
地面に引きずるようにしてた剣が、いつの間にかしっかりと右手に握られてる。
オレがハッと息を呑んだのと、ツグト君が叫び声を上げるのと、ほぼ同時だった。
「おあああああ――っ!」
国境に響く怒号。駆け出すツグト君。
「いかん!」
背後で将軍が叫んだけど、それも耳に入らない。オレは何もできなくて。
ズン、と重い地響きがしてよろけた後、再び顔を上げた先の地面に、深い亀裂が入るのが見えた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
20 / 32