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ツグト君を連れて崩壊した砦の天幕に戻る途中、兵士たちが異様に遠巻きにしてるのに気が付いた。
オレも一応王族の端くれだし、色々特殊な立場だから、話しかけられたりはしないけど。さっきもこんな感じだっけ?
同じ遠巻きでも、いつもはもっと見て見ぬフリっていうか、じろじろ見られたりしない。でも今はあちこちから視線を感じるし、そのくせオレがそっちを見ると、慌てたように逃げてくし、変な感じ。
そういう態度を取るのは、見慣れた軍服を着てる兵士じゃないから、多分周辺からの援軍なんだろう。
王族に対する態度とか、あんま知らないのかな? じろじろ見たら不敬だとか……まあ、オレはそういうのエラそうに言える立場でもないけど。もしこれが他の王族のみんなだったら、大問題になったかも。
王都から一緒に来た兵たちは、さすがにそんな失礼な態度は取ってないけど、気のせいか表情が固い。
ツグト君の方を見ないようにしてる? それとも、近寄らないようにしてるのかな?
「あの……」
オレが声を掛けるとビクッと肩を震わせてて、オレも一緒にビクッとした。
「は、はい。何かご用でしょうか?」
頭を下げる様子もオレの言葉を聞く態度も、いつもより固い。そうされると、オレの方もちょっと遠慮がちになってしまう。
「えっと……この後の予定は?」
なるべく平気な顔で聞いたけど、兵士は恐縮したように「はっ」と頭を下げ、その顔を上げようとはしなかった。
怯えてる? 多分怯えてるんだろう。オレに? じゃないよね。ツグト君に、だ。
「将軍に訊いて参ります」
「うん……」
顔を伏せたまま逃げるように下がってく兵士を、ツグト君と一緒に呆然と見送る。ふん、とツグト君が鼻を鳴らしたのは、その兵士の姿が見えなくなってからだった。
「んな怯えなくても、取って食ったりしねーっつの」
皮肉気な口調に視線を向けると、彼は唇の片方だけを歪めるように笑ってて、ズキッと胸が痛んだ。
「ツグト君……」
ぼそりと名前を呟くと、大きな手でぽんと頭を撫でられる。
その手首にはもう、鎖も枷もない。枷に囚われた痕もない。ちゃんと体温があって、温かくて力強い手だ。
「オレは温厚だっつの。なあ?」
なあ、と訊かれてうなずくと、「そこはツッコむとこだろ」って苦笑された。笑ってるようだけど笑ってない、そんな笑みに胸が痛む。
思わず抱き着くと「おい……」って言われたけど、突き放されたりはしなかった。
静かなため息の後、ツグト君の手がオレの髪に優しく触れる。
「言っとけ。オレは、敵対されねー限り敵対しねーって」
敵対されない限り。そんな言い方にドキッとしたけど、言ってる意味は正しいっていうか、ごく当たり前のことでおかしくはない。
言っとけって、誰に言うべきなんだろう? 兵士たち? 将軍? それとも、国王であるじーちゃんだろうか? もっと大勢の、民衆に向けて言うべきか?
勇者様と敵対だなんて、この国の人間の、一体誰が考えるだろう? それとも過去にあったんだろうか?
勇者召喚のことも封印のことも、何も資料には残ってないからホントのことは分からない。封印はツグト君自身が望んだことだっていうけど、ホントかな?
ただ、ツグト君がこの国の味方であるように、みんなにもツグト君の味方であって欲しいなと思った。
それから一旦、解放した街に向かったけど、周りの兵士たちの態度は変わらなかった。
ちらちらちらちらとオレたちを見て、視線を向けるとハッと逸らす。
からかおうっていう態度じゃない。むしろ怯えてるみたいで、こっちは何もしないのに気まずい。国王であるじーちゃんだって、こんな風に畏れられたりはしてないと思う。
王都から一緒に来た将軍は、ツグト君を恐れてはないみたいだけど、厳しい目では睨んでた。
オレが起きた時に贄がどうこう言ってたから、オレを無理矢理抱いたことに対して、まだ怒ってるのかも知れない。
壊滅した村や町には寄らなかった。でもそれらの生存者は街に避難してたみたいで、街門の手前でオレらを待ち、改めて礼を言ってくれた。
ただ、オレらが民に直に接したのは、それが最後になった。街に着くと、与えられた部屋の中にツグト君が閉じこもっちゃったからだ。
前に滞在した時みたいに、街を巡回することもない。
勇者を称える民衆の声に、手を振って応えることもない。
将軍たちの軍議に顔を出すこともなかった。食事もオレとツグト君の2人分を部屋に持って来て貰って、そこで静かに2人で食べた。
食事を持って来た兵士が、異様に震えてたことさえなければ、王城での暮らしに似てるとも言える。
でもここには、王城のような図書館がない。いや、あるのかも知れないけど、ツグト君は出歩こうとしなかった。剣の素振りをすることもない。
気を紛らわすものがないと、会話にも困る。オレは元々、あんま人と話す機会もなかったし、気の利いた話題を振ることもできない。黙ったままのツグト君に、何て言えばいいのかも分かんなかった。
ベッドの上でヒザを抱えるように座り、目を閉じて顔を伏せるツグト君。
崩壊した砦の向こう、鎖に繋がれたままだったときもそうだった。光の差さない、あの真っ暗で狭い地下室でもそうだった。
『オレは何て噂されてる?』
初めて会った時、ツグト君に言われた言葉を思い出す。城にいるときは、そんな風に訊かれても「何もないよ」って首をかしげるだけだったけど、今は違ってて落ち着かない。
――勇者様がたった1人で、敵を殲滅したらしい。
――無慈悲に皆殺しにしたとか。
――だがその時に、国境の砦が壊されたそうじゃないか。
――いや、一撃で崩れたと聞いたぞ。
オレの耳にまで届く噂が、ツグト君に聞こえないハズがない。
「ったく、しょーもねぇ」
片手で顔を押さえてぼやく彼に、オレはただ、側でおろおろするしかなかった。
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