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ツグト君に対する噂がますます大きくなる一方で、オレたちはなかなか王都に帰還できないでいた。
食事を持って来る兵もビクビクだし、オレらの部屋の外に立ってる兵も、オレが扉を開けると飛び上がるくらいビビってる。すごく居心地悪かった。
ツグト君の機嫌はますます悪くなるのに、気分転換にどこかに出掛けることもできない。彼の口数もどんどん減って、何だか不安でたまんないけど、オレにできることは何もなかった。
せいぜい顔見知りの将軍に、「いつ帰れるの」って訊くくらいだ。
その将軍はというと、オレたちが部屋で暇を持て余してる間、逆に忙しそうだった。会議会議の毎日だし、あちこちに使者を飛ばして連絡を取ってたり、仕事が山積みみたい。
軍議には参加しなかったから、戦後処理がどうなってるか、具体的には聞いてない。
砦の再建は最優先で行われてるらしい。そこに駐留してるのは、援軍に駆け付けてくれてた周辺の領主の兵たちだ。
この街の領主も敵に殺されて不在だし、襲撃を受けた町や村の統治のこともある。その辺は、国王であるじーちゃんが決めることだけど、治安を守るにはやっぱりそれなりの兵の数が必要みたい。
兵が集まるまでの最大戦力はっていうと、やっぱりそれは勇者様ってことになる。
あの暴走を見ての恐怖はあるんだけど、味方として見れば最強だって。一時休戦中とはいえ、敵がいつ反撃して来るか分かんないし、今は街を離れないで欲しいって言われた。
恐ろしいとか怖いとか言いつつ、それでもその力は必要だ、なんて。頼りにしてるっていうより利用してるみたいな感じで、モヤモヤが募る。
オレは端くれとはいえ王子だし、国のために働くことは当然だけど、ツグト君は違うのに。
ツグト君は、異世界から魔王を斃すために召喚された勇者様だ。魔王を斃して世界が平和になったんだし、もうこの国にもこの世界にも、縛られることは何もない。
じーちゃんだって、今回の戦争に協力してくれないかって頼んでた。
ツグト君に断られても、きっとじーちゃんは怒らなかっただろう。仕方ないって受け止めたに違いない。他の王族もきっとそう。
街や軍のみんなと、じーちゃんや王族のみんなとの違いは……勇者召喚のことを知ってるかどうかなのかも知れない。だから、勝手なことが言えるのかも。
オレだって、つい最近まで何も知らなかったし、エラそうには言えないけど。でも、最大戦力だから、最強だから、勇者だからって、ツグト君を束縛しようとするのは間違ってるって思った。
結局、オレたちが王都に帰還できたのは、じーちゃんから帰還を促す勅使が来たからだ。
じーちゃんが手を回して手配してくれた援軍と交代する形で、オレとツグト君もようやく街を出発することができた。
出発は、すごく静かだった。
街の人達は「勇者様」と一目見ようと集まってたけど、そこに彼の健闘を称える歓声はない。
ざわめきと喧騒、ひそひそ交わされる噂話……。街を敵軍から解放した時の盛り上がりとは全く違ってて、何だかすごく嫌な感じ。
けどいくら不快に思っても、王族であるオレが口を出したら大きな問題になっちゃうし。下手すると処罰とか投獄とかそういうのに発展しちゃう可能性あるから、ぐっと我慢するしかなかった。
ツグト君は全力で戦ってくれたのに。無慈悲に町や村を蹂躙した敵を追い払い、打ち崩してくれたのに。なんでそこに感謝がないんだろう?
なんで、恐れを含んだ目で見るんだろう?
「ルーク、笑え」
ツグト君に短く指示されて、無理矢理笑みを浮かべたけど、心から笑える訳じゃなかった。
それに、ツグト君だって笑ってない。
背筋をまっすぐ伸ばして、堂々と顔を上げて前を見て――何も気にしてないような目をしてたけど。でも、皮肉気に唇を片方上げた顔は、決して笑ってるように見えなかった。
王都までは、来た時と同様に大急ぎで戻った。野営を繰り返し、途中の街にも寄らず、領主たちに挨拶もしないで、ひたすら馬を駆けさせた。
それはじーちゃんからの指示でもあったし、オレとツグト君の総意でもあった。
のんびり観光気分ではいられない。街に寄ったり宿に泊まったり、買い物を楽しむ気分にもならない。戦争の後だからとかそういう敬虔な理由じゃなくて、落ち着かないからだ。
早く城に帰りたい。
早く誰もいないとこに行きたい。
誰の目も届かない、誰の声も聞こえないとこに避難したい。王城の隅の、ひと気のないオレの部屋に。早く。早く。
でもそこがツグト君にとって、ホントに落ち着ける場所なのかは自信がなかった。
「帰ろう」って言ったオレに、「どこへ?」って訊いた彼の言葉が忘れられない。それを言った時のツグト君の顔も、目も、忘れることはできない。
王都での凱旋は、以前のように大歓声で迎えられて、そんだけはホッとした。
「勇者様ぁ!」
「勇者様バンザイ!」
老若男女の称賛の声が、次々とツグト君に寄せられる。
それが一体、いつまで続くんだろう?
手を挙げて歓声に応える彼の隣に並びながら、オレも懸命に笑おうとしたけど、うまくできてるかは分かんなかった。
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