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急いで走って地下に向かうと、なぜかたくさんの兵士とすれ違った。ずらっと並んで水の入った桶を前へ前へと運んでて、同じく空の桶を後ろへ後ろへ運んでる。
城中の桶を集めて回ったのかな? そんな大量の水、一体何に使うんだろう?
ちょっとだけ気になったけど、それよりツグト君の方が先だ。でも兵士の行列もオレと同じ方向にずらっと続いてて、何だろうと思った。
地下へ地下へと、城の階段をどんどん降りる。
兵士の行列も地下へ地下へと続いてる。
次から次へと運ばれてく水。そして、運び終わった後らしい空の桶。兵士の列を辿るように先を急ぐと、突然誰かにぐいっと肩を掴まれた。
「どこへ行く?」
ぎょっとして振り返ると、顔見知りの王族の1人がいて、ドキッとした。
昨日ツグト君を「封印すべし」とか怒鳴ってた人だから、今は顔を見るのもイヤだ。
「別に」
1歩後ろに引いて肩を掴む手を避ける。けどその王族はニヤッと笑って、「勇者殿のところか?」ってズバッと訊いた。
「諦めるんだな、勇者殿はもういない。とうに水の底だ」
「水……?」
水の底と聞かされて、バッと兵士の行列を見る。次々運ばれていく水の桶、その量に血の気が引いて行く。
「勇者殿の望んだことだ。諦めろ。お前の味方はいない。お前の序列が上がることもない」
ははは、と得意げに笑う彼の声に震えながら、オレは階段を駆け下りた。
「ツグト君……」
呟くように勇者様の名前を呼んだけど、それに応える声はない。やがて階段の奥深くから、ザパーッ、ザパーッと水音が聞こえて来た。
あの例の、最も深い地下にある部屋からだって、イヤでも分かる。兵士の列もそこに続いてる。
「やめてっ!」
大声で叫んで地下室の中に飛び込むと、「ルーク様!」って近衛兵の1人に止められた。
「水! 水入れるのやめてっ!」
再び大声で叫ぶと、兵士たちの動きが止まった。
「今更止めてももう遅い」
そんな声に振り向くと、さっきのあの王族がいてビクッとする。
ニヤニヤと嘲るような目を向けられたけど、オレに向けられる分なら慣れてるし、どうでもよかった。ただ、ツグト君までそんな目で見ないで欲しい。
ツグト君の封印されてた真っ暗で狭い穴は、もう半分以上水で埋まってて、底の方まで見通せない。
「明かりをっ」
たいまつを持った兵士たちに頼むと、困惑したように顔を見合すだけだったけど、後ろについて来た王族が「照らしてやれ」って言ったら、その通りにしてくれた。
「現実を見るがいい」
王族の声を聞き流しながら、たいまつに照らされた水面を覗き込む。
水底にいるのがホントにツグト君かどうかは分かんない。ただ、前に見た時と同様、ヒザを抱えてうずくまってて、胸が引き絞られるように痛んだ。
ツグト君だ、と思った。
栄えある戦功者、誇るべき英雄、救世の勇者。その彼が、どうしてこんな風に暗闇にいなきゃいけないんだろう?
「勇者殿は鎖に繋がれ、底にいる。普通の人間なら、もう生きてはいまい。生きているとしたら、それは化け物だ」
ははは、と嫌な感じの笑い声が、城の最奥の地下室に響く。
「嘘だ!」
とっさに叫んだけど、現に人影は水底にあって、胸騒ぎが止まらない。
鍵の痣は、まだちゃんとオレの胸元にある。だから、ツグト君が鎖で封じられるハズがない。けど、水に沈んだままなのも気になって、どうしようって思った。
「助けたければ、そこから封印の名前で呼び寄せればいいのではないか?」
王族の言葉に、一瞬国境で見た姿が脳裏に走る。
ナギサワ=ツグト、と彼の名前を呼んだ時、封印の鎖はオレの足元から飛び出して、ツグト君をこっちに引き戻した。
そうだ、だったら水底からも呼べるかも?
けど、どうしてもそれをする気になれないのは、今そこにいる王族がニヤニヤ笑って促すからだ。
ここでツグト君の名前を呼んだら、もしかして完全に封印することになっちゃうんじゃないのか?
魔法陣は最初、どうだった? どこにあった?
ぶるぶると力なく首を振り、水底に続く階段を降りる。
「ルーク様」
近衛兵の声が聞こえたけど、足を止める気にはなれない。数段降りたところで足が水に浸かり、ざぶざぶと音が響く。
そのままざぶんと水に潜ると、たいまつに照らされた水底に黒髪が揺れるのが見えて、やっぱりツグト君だって分かった。
ツグト君、こっち見て。心の中で呼びかけながら、必死に水を掻いて深く潜る。
手を伸ばしてツグト君に触れると、うずくまったままだった彼が顔を上げ、オレを見て目を見開いた。
彼の手や足にはホントに鎖がついてたけど、それに手を触れても鎖は崩れてなくならない。理由を確かめる間もなく息が続かなくなって、仕方なく水面に戻って息継ぎをする。
ツグト君は、息できなくて苦しくないのかな?
不老不死だから? でも、いくら死ななくたって痛いのは痛いし、苦しいのは苦しいの変わんないよね?
ツグト君を目指して深く潜り、彼に抱き着いてキスをする。
唇を重ねて息を吹き込み、水面に戻って息継ぎをする。思いっ切り息を吸い込んでまた深く潜り、ツグト君の鎖を確かめると、その先には大きな鉄球がついてるの分かってショックだった。
囚人を繋ぐような鎖、こんなの勇者様にふさわしくない。誰の仕業かなんて訊くまでもなく明らかで、悲しくて悔しい。
もっかいツグト君にキスして息を吹き込み、水面に出て息継ぎをする。
ぜぇぜぇと息が荒くなったけど、構ってはいられない。「ルーク様!」って近衛兵の声も聞こえたけど、水から上がる気にもなれない。
腰の剣を引き抜き、それを握ったまま再び潜ると、ツグト君と目が合った。
待っててって意味を込め、にこっと笑って見せる。剣先を鎖の合間に当て込み砕こうとしたけど、体が浮いちゃってうまくできない。
力を込めると息が漏れる。
口からぶくぶくと溢れる泡。苦しい。でもツグト君はもっと苦しい。
ヒザを抱えてたツグト君が、止めるようにオレの手首をぐっと掴む。水の中じゃ温もりは分かんないけど、その手は変わらず力強くて――水中なのに、「ルーク」って名前を呼ばれた気がした。
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