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父さまは、母さまに顔を近づけ、いきなり母さまの頬をペロリと舐めた。
「あっ、アルっ?」
「塩からい…。泣いてたのか?」
「あ…うん、ちょっと…」
「ちょっと、なんだ?」
「カエンがね、すごく嬉しいことを言ってくれたんだ…。だからこれは、嬉し泣き」
「そうか…。おまえは本当に泣き虫だな」
父さまが母さまを優しく抱きしめて、椅子に座らせる。
母さまの隣に父さまも座り、俺にも向かい側に座るよう、目で指し示した。
「ローラントは元気だった?それに何の用事だったの?」
父さまの手を握ったまま、母さまが聞く。
父さまは、反対側の指で母さまの頬に触れて微笑んだ。
「元気だ。今は忙しいみたいだが、近いうちにおまえとカエンに会いに来ると言っていたぞ」
「ほんと?俺も早く会いたいな」
「ローラントはな、おまえの体調を心配して、良い薬が手に入ったからと俺を呼んで、渡してくれたのだ」
「俺の体調?なんで知ってるの?」
「…すまん。以前ローラントと会った時に、俺のほんの僅かな表情の変化に気がついて、どうしたのかとしつこく聞かれたのだ。その時に、カナの体調が良くないことを話した…」
ふ…と頬を弛めて、母さまが父さまの頬に手を伸ばした。
「謝らなくていいよ。ごめんねアル…。俺、すごく心配かけてるよね…。自分では元気なつもりなんだけどさ…。もっと体力をつけないと駄目だね」
「そうだな…。でも無理に体力をつけなくてもいい。疲れた時は休んでいい。俺は、カナがずっと傍にいてくれさえいたら、それでいい」
「うん…」
父さまが、母さまの細い指を掴んで唇を押し当てた。
俺も父さまも、当の本人の母さまも、口に出さないけど、たぶん皆わかってる。
母さまが、もう元気になることはないかもしれないって。
でも俺と父さまは、そんなこと怖くて口に出来ない。
そう思うことで、真実になってしまいそうで、認めたくない。
母さんは、きっと俺と父さまを不安にさせない為に、口にしないんだ。
ふいに涙が溢れそうになって、俺は慌てて立ち上がると扉に向かった。
「父さま、ローラントおじさんからもらった薬、早くカナに飲んでもらおうよ。俺、持ってくるよ。今どこにあるの?」
「苦味の強い物だから、飲みやすいようにしてくれと、医師に渡してある」
「わかった。もらってくる。カナ、待ってて」
「うん。カエンありがとう」
俺は、頬に流れ落ちた涙が見えないように、前を向いたまま頷くと、扉を引いて廊下に出た。
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