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結実(けつじつ)
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「シアン、父さまはどうしてる?」
「はい。本日も、カナデ様の祭壇の傍にいらっゃいます」
「そう…」
俺は、目を通していた書類を机に置いて、窓の外に目をやった。
どんよりと曇った空は、まるで父さまの心の内を表してるみたいだ。
「雨…降りそうだな」
「そうですね。ここ最近は異常に雨が多い。国の作物が心配です」
俺は、両手を机にバン!とついて立ち上がると、椅子にかけてあった赤いマントを手に持った。
「どちらへ?」
「俺も、カナに会ってくる」
「あまり長居なさいませんよう…」
「わかってる」
机の横で、深く頭を下げるシアンに軽く手を上げると、マントを肩に羽織って部屋の外に出た。
今から四十日前に、母さまが死んだ。
俺の十四歳の誕生日を過ぎた頃から、よく寝込むようになり、そのまま元気になることなく逝ってしまった。
あの日から俺の頭の中には、支えてあげないと倒れてしまいそうな母さまの華奢な姿が、焼きついている。
あ…でも、一日だけすごく元気な日があったな。あれは、母さまが逝ってしまう前の日だ。
母さまが、珍しく父さまとヴァイスに乗って遠出をしたと聞いて、俺は心配で厩舎の前で待ってたんだ。
きっと母さまは、疲れて青い顔をして戻ってくると、連れて行った父さまにも少し腹が立っていた。
だけど戻って来た母さまは、とても元気に笑っていた。
そして皆で夕食を一緒に食べようとまで言い出した。
母さまが元気な姿を見るのは嬉しい。
でも母さまが元気に振る舞えば振る舞う程、俺の中が不安でいっぱいになった。
案の定、疲れたらしい母さまは、父さまと早々に部屋に戻った。
部屋に戻る前に、「おやすみ」と俺の頬に触れた母さまの唇は、驚くほど冷たかった。
俺は、怖くて怖くて、食事の味などしなかった。
食事を終え部屋に戻っても、不安が拭えなかった。
熱めのシャワーを頭から浴びても、身体の震えが止まらなかった。
当然ベッドに入っても眠れるわけがなく、ずっと母さまのことを考えた。
しばらく目を閉じていたけど、母さまの笑う顔がチラチラと浮かんで、益々不安が募る。
ついに我慢出来なくなって、俺は部屋を飛び出した。
父さまと母さまの部屋の前に着いたけど、起こすわけにもいかない。
でも母さまが心配で、このまま戻れない。
廊下の壁にもたれて考えていると、物音がして母さまの優しい声が聞こえた。
母さまの方が気づいて、部屋から出て来てくれたんだ。
怖い予感がして心配だという俺に、大丈夫だと何度も母さまが言った。
渋々納得して離れようとする俺の頭を、母さまが抱きしめた。
「カエン、生まれてきてくれてありがとう。大好きだよ」
「カナ?」
「カエンは?」
「もちろん!大好きだよ!」
「ん、良い子」
これが、俺が母さまと交わした最後の会話。
ずっと鮮明に、俺の耳に、頭に、心に、残っている。
母さまと離れて部屋に戻り少し仮眠をした後、またすぐに父さま達の部屋に走った。
でも部屋には誰もいなくて、もしかしてと母さまが大好きだった中庭に走った。
中庭に着いた俺は、父さまと母さまの姿を見て、力が抜けてその場に座り込んだ。
昇り始めた朝日の中で、鮮やかに咲き誇る赤い花に囲まれて、もうピクリとも動かなくなった母さまを、父さまが強く抱きしめていた。
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