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灰色の瞳のとら猫のお話4
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「…?」
そこにいたのは、屈強なヤクザを従えている柔和な男。
龍崎真琴だった。トラは、表情が引きつる。
「マタタビの子猫さん…ですよね?」
マタタビというのは、トラが所属する組織の名前だ。『子猫』と呼ばれるのは、トラやブチのような下っ端を巷ではそう言う。そこまで身元がバレているのはさすがヤクザというべきだろうか。
「ちょっと、お話したい事があるんですけどお時間頂けませんか?」
「…ボクは、別に無いんですけど…」
優しい声をしているが、龍崎の言葉に『NO』という言葉はない。後ろに控える仁王像のような男は、こちらを睨みつけている。大きな道路を挟んでいるとはいえ、近くに警察官もいるし、騒ぎ立てれば、厄介なことになりかねない。ここは、平和的に彼等の言うことを聞いておいた方が良い。
きっと、ミケだってそうする。
「分かってますよ。…ついて行きますから、その怖い顔辞めてくんないかな?」
トラは、龍崎の後ろについて行った。
龍崎が乗っていたのは、三階の雑居ビルから確認した黒い車だった。
外からは中の様子が決して見えないようになっている。しかも、厚さは銃弾を弾くほど強固なものだった。乗せられた車は、高級車で、静かに走り出した。
すぐに車酔いしてしまうから、あまり乗り物は得意じゃないトラだったが、長い距離を乗らなかったというのと、揺れが少なかった事もあり、車酔いする事は無かった。
「…おりろ」
そこは、龍崎の組が新宿で活動するのに拠点にしている事務所だろう。
命令されるのは嫌だったが、黙って従う事にした。特に、拘束されている訳ではないから、逃げようと思えば逃げられるが、そうしなかったのは、龍崎の目的が見えなかったからだ。
『龍崎は気をつけろ』と、ミケが言っていた。その言葉どおり、彼を警戒する必要があった。だから、尚更どういう目的で、トラの事を殺し屋と知って、懐の中に招くような事をするのか、理由を知る必要があった。
通された事務所は、重厚感があり、ホテルの一室のようで綺麗だった。龍崎の突然の訪問に、この事務所を管理しているチンピラ達は慌てていた。
「さて…」
重厚な革張りのソファーと、大理石の机が一つ。机には灰皿と煙草が綺麗に置いてある。龍崎が先にソファーに座って、遅れてトラが座るように視線で促される。部屋には、屈強な男たちがぞろりと囲み、トラの行動を見張っていた。
「どうぞ、かけて下さい」
穏やかな言葉にトラは警戒する。
「…はい」
ちらりと背後に立っている強面の男をみる。まるで、仁王像のような顔でこちらをみている。
「はぁ…」
トラはため息をついてソファーに腰を下ろした。
「どうかしましたか?」
龍崎に問われる。トラは仁王像のような顔面の男に言った。
「そんなに怖い顔してたら、皺になるよ」
トラの言葉に『黙れ!』と男に叱責されるが、龍崎は驚いた表情をして、あははと笑った。
「で?俺に何か用なの?」
鬱陶しそうにトラは言った。入ってきた扉、外に待機している人達。
この部屋にいる人も含めて、武器を所持していたとしても、トラは逃げられる自信があった。これは、自負ではない。
「先に、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
龍崎は、まるで縁側に座るお爺さんのように穏やかな声と笑顔でトラにそう言った。
「えっ…名前は無いけど」
トラは、何だか段々空気に飲まれそうになる。
「通り名くらいはあるでしょう?」
龍崎とトラの前に急須と湯のみが置かれる。こういう時に出されたものは、何か仕込まれている事が多いから、絶対に口をつけないのがセオリーだ。
しかし、出された急須を龍崎は掴んで、二人分の緑茶を目の前で入れる。
これは、警戒心の強いトラに対して 『安心して飲んで良い』と言うことをアピールしているのだろうか。どこまでも食えない男。
急須の中に何か仕込まれていたとしたら、龍崎も一緒にダメージを受ける事になる。龍崎は自ら入れたお茶の湯のみを掴んで掌で転がしてから口をつけて啜った。 温かな湯気が辺りに香ばしい緑茶の匂いを充満させている。
「粗茶ですが、どうぞ」
トラは、絵になるようなその男の一部始終を訝った。
そもそも、こうして飲み物を運んでくる時は、大体入れ物に入ったものを運んでくるはずだ。それなのに、わざわざ急須と湯のみを運ばせ、龍崎がそれを目の前で、労力を裂き、湯のみ二つにお茶を入れて、そして自ら口にした。
これは、何か目的があるようにしか思えない。何の考えもなくこんな事はしない男だとトラは思った。
「…素敵な瞳ですね」
トラがじっとその様子を観察していると龍崎もじっとこちらをみていたようだった。
「え…あぁ、どうも」
ボスの趣味なのか、トラの所属する組織には綺麗な瞳を持つものは多い。
そのため、自分が特別綺麗だと思った事は無い。
「グレーですか?…とても珍しい色」
終始穏やかな龍崎にミケの言葉を忘れて警戒心が薄れていくようだった。
しかし、後ろの男たちをみると、やはり彼はヤクザなのだと現実に引きもどされる。
「目的は一体なんですか?ただ、お茶を飲ませるだけじゃないでしょ?」
トラから、単刀直入に話題をふった。
「…そうですね」
ずずずっと龍崎はお茶を飲んだ。
「単刀直入に言います」
龍崎をじっと見つめた。
「貴方を買いたい」
「は?」
解体????
いやいや…買いたい。売買ということだろう。
突拍子もなさすぎて、ボケるところだった。
「意味わかんねぇよ」
トラは、何とか悪態をついた。
「貴方に、殺してほしい相手がいるんです」
「ちょっとまて」
龍崎の言葉を遮るトラ。
「それは、俺じゃなくボスに言ってくんないかな?俺に言われても、どうしようもねぇよ」
すると、龍崎はきょとんとした顔をした。
「いえ…ボスに言ったら貴方に直接伝えるように言われたもので…」
トラは不機嫌そうにいう。
「俺は何も聞いてねぇ」
すると、龍崎はクスクスと笑った。
「私に依頼されている金額の三倍払うと山猫の親分さんには伝えてあります。それで快諾されたので伝わっているものと思ってました」
万が一、トラが誤って龍崎を殺してしまったとしても依頼料が入る。龍崎を殺された人達は特別ボスを恨んだりはしない。なぜなら、この世界はそう言う世界だからだ。なんて、身勝手なやり方なんだろうと、思った。
それか、トラが万が一にも龍崎を直には殺さない。という自信でもあったのだろうか。
確かに、ミケに比べたら、トラはまだまだ新米で技術は未熟かもしれない。
もしくは、ブチという相棒を失ったトラが、しくじるとでも思ったのだろうか。
「…はぁ」
トラはため息をついた。
「分かった」
ボスに逆らう事は出来ない。トラは降参した。
「…で?だれ?殺すの?」
灰色の瞳を龍崎に向ける。
「はい。義兄の息子です」
龍崎の素直な言葉に、トラは言う。
「ああ…本間?」
トラの瞳の瞳孔が開く。低く唸るような声を出すトラに、怯む事なく頷いた。ヤクザの兄弟という関係性についてトラは、よく分からない。本当の血のつながりはないが、酒を飲んだだけで兄弟だという文化があるらしい事は知っている。兄弟というもの事態もそうだが、トラには理解できない関係だった。
「そうです」
龍崎は頷いた。
「最近、娘殺されたアイツ?…黙っても、自滅すると思うけど」
本間組の愛娘をミケが殺した。これはトラの組織の中では有名な話だった。
「ええ…本間組の組長の息子である本間利雄(ほんま としお)を殺してほしいんです」
本間組の跡取りと言われている人物だ。
「方法は?」
新たな依頼人となった龍崎に要望を聞く。大体が『まかせる』と言われるのだが、龍崎は違った。
「あの…なるべくでしたら、止めは刺したいと考えてるんですけど、その要望って聞けますか?」
龍崎は、少し言いづらそうに言った。トラは、ニヤリと笑った。そのグレーの瞳孔に闇を灯しながら。
「ははっ、おもしれぇな」
トラは、思う。
どんなに、穏やかな様子を装っていても、ヤクザだな。と…
「アンタの目の前に生きて連れてきてやるよ」
どうせ、三倍の依頼料を払うんだから、それくらいの事をしてやっても良いと、トラは思った。
「あの…どのくらい、時間ってかかりますか?」
龍崎は立ち上がったトラを見つめた。
「んー…まぁ、連れてくるだけなら3日くらい?」
それ以上かかるようだったら、連絡すると言ってトラは連絡先を龍崎の連絡先を聞いた。
「じゃあ、俺はこれで…」
そういって、立とうとしたトラだったが…
「あの」
龍崎は、まだ何かあるようだった。
「なに?」
任務は早く、正確であれと教え込まれているため、とっとと本間利雄の所在を調べようとしたのだが、龍崎は立ち上がるトラを止めた。
「本当に、申し訳ないんですけど…」
龍崎は、またも言いづらそうだった。
「私は、トラ君の事も山猫の親分さんも信頼しているんですけど…私の部下たちが、どうにもトラ君へ疑念を抱いているようなんですね…」
ずいと龍崎の隣の男が動いた。
ってか、名前知ってんじゃん。
と、トラは思った。名乗っていないのに、龍崎はトラの名前を知っていた。
態々自己紹介をさせなくても、最初からこの男は知っていたのだ。おそらく、今からトラを試すような行為にも、意味なんて無い。余興のようなものだ。
「ふーん」
今まで、自分の命を狙っていた相手を買収したといはいえ、掌を返さないとも限らない。ましてや、トラ自身がボスから直接依頼を聞いていないのなら当然だ。マタタビという組織は、裏の稼業の人々の間ではかなり有名な組織だ。
人を殺す事を生業としていて、平均年齢は低く、そろっている人材は優秀で、依頼した仕事は正確で早いが、そのかわり報酬は膨大な金額だ。
トラは、組織の中では下の方だが、それでも同じ仕事をしている人達からすると、技術は高い。
だからこそ、三倍も払って失敗でもされたら困るし掌を返すような事があっては、大金をドブに捨てるようなものだ。龍崎の隣の男は、トラを睨みつけていた。
「てめぇコラ!舐めてんじゃネェゾ!餓鬼っ!」
龍崎の左の男が木刀を持っていた。
「やめた方が良いと思うけどなぁ…」
トラはため息をついていった。一応、ゆるい忠告のつもりだ。
龍崎は立ち上がると、ドアの前に立った。この組織の頭である彼がその位置に避難するのは、懸命な事だ。静かにこちらをみていた。
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