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灰色の瞳のとら猫のお話6
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『ああ、悪い。チェシャのウンコたれの連絡を受けてて、遅くなった』
「遅くなったじゃないでしょ!ボス!困るよ!怒られるの俺だからねっ」
トラは、一応念のためにボスに連絡を取った。
しかし、何度かけてもつながらなくて、やっと折り返し電話が来たと思ったら、このタイミングだった。万が一にも、龍崎が嘘をついている可能性があったからトラとしては早急に確認する必要があったのだ。すると、ボスは何でも無いような声で平謝りをしていた。
『龍崎から直接聞いたんだろ?』
ボスは、依頼内容が変更された事よりも、チェシャの行方の方を気にしているようだった。
「だから、それを今ボスに聞いたんじゃないっ」
ボスはガハハハと笑って『怒るなよ』と言っていた。
『お前も、そう言えるようになったって事は一人前に近づいたって事じゃないか!よろしく頼むよ!』
ガチャ …ツーツー
一方的に電話を切られる。
「…」
もうっ!
トラは携帯電話をしまった。
「ボス?」
「そう…」
トラは頷いた。
「今、チェシャのウンコたれのせいで、イライラしてるよね」
そう言ったのは、トラと同じ組織にいるニャロメという人物だ。淡褐色の珍しい瞳をしている。トラは、新宿の駅ビルであるルミネの屋上にいた。周りには、大きな看板と室外機が騒音を立てて動いている。
「ったく…ミケが、ボスに使われてるから、俺一人ですませなきゃならねぇんだよ」
すると、ニャロメが『御愁傷様』と一言だけ言った。チェシャに巻き込まれ、更にボスの理不尽な暴君に振り回される、トラの心境はニャロメにも理解できていた。だから、貧乏くじを引くのが、自分じゃなくて心底良かったと思っていた。
「で、何が聞きたいの?」
ニャロメの事をトラは呼び出し、聞きたい事があった。他人に聞かれているリスクを極力減らしたかった。
「龍崎真琴と、本間利雄について」
本間利雄というのは、本間組の組長の長男にして、跡取りとして有名な存在だった。自分の父親の権力を傘に、ハブりよく好き勝手やっているようで昔から悪い噂は耐えない。
最近、本間利沙子という娘を亡くし幹部を数名失い、十数人が病院へと搬送されている。本間組は、娘を亡くし、畳み掛けるように、組員を減らし窮地へと追い込まれている状況だった。ここへ来ての本間利雄暗殺の計画は完全に龍崎が本間組を握りつぶそうとしているか乗っ取り、自らの勢力の拡大を計っていると考えて間違いはなさそうだった。だから、本間組の組長は憔悴しているという噂があったが特別本間利雄に変化はみられなかった。
「本間利雄は殺し屋を飼ってるよ」
本間利雄には、殺し屋と等しい用心棒がついているようだ。トラは、龍崎の両隣にいた仁王像のような男達と同様なイメージを描いた。
「え…そうだったっけ?」
だれだろう…?
トラは、ニャロメの言葉よりも先に思い当たる人物を思い描いた。
「ハゲワシ」
ニャロメが嫌そうにいった。
「ゲッ」
その名前を聞いたトラも同じような顔をした。
「それから、龍崎だけどあいつもイカレポンチだから気をつけて」
「え…そうだったか?」
龍崎真琴は、ヤクザに見えないほど紳士な口調と上品な顔立ちをしていると思った。あんなに知的そうなヤクザもいるもんなんだなと、感心したほどだ。
「あんぽんたん!」
すると、ニャロメは目を見開いた。
「ヤクザなのに、俺らに優しいのが、怖いんだろうがっ!」
トラの知っているヤクザは、大体強面で、無駄に声を張って煩い。そして、どこかであえて潰してきたのかと思うほど顔面が汚い男達が多いという印象だ。
それらは、チンピラと呼ばれる種族で、ぎゃーぎゃーと虚勢を張って弱者をビビらせるのが仕事であると、親分に聞いたことがあった。
つまりは『軍隊蟻』のようなものだとトラはいつも思っていた。それにいつもトラが動く時は親分やボスやミケから依頼を聞いて動いていたから、尚更良いイメージがない。
「ミケも、龍崎真琴は気をつけろって言ってた…」
「ほらみろ!お前なんて、くしゃくしゃに丸められてポイ!だからなっ!」
ニャロメの言葉にトラは頷いた。
「わかった…」
その時、トラの携帯電話が震えた。液晶に光文字をみて、ニャロメが目を見開いた。淡褐色のぎょっとした瞳と、トラの視線が交わり、そらす。
「もしもし?」
トラが電話に出た。
『ああ…トラ君ですか?』
「そうだけど?」
『あの、ちょっとお話ししたい事があるので、今からお会いできませんか?』
トラは少しだけ考えた。
「いいけど、今どこにいんの?」
『はい、新宿です』
「あー…わかった。五分後にアルタの前にいるよ」
そうして、電話を切る。
「…」
こちらをじっと見つめるニャロメに視線を戻す。
「…お前、龍崎真琴とこれから、会うって言った?」
今しがた、彼には気をつけろと言われた所だ。
「うん…なんか、話したい事があるっていっ…」
「バカトラっ!」
ぽかりと頭を叩かれる。
「痛いっ!なにすんだよっ!」
ニャロメは、眉間に皺を寄せていた。
「お前っ!今気をつけろって言っただろっ!のうたりん!」
ニャロメに殴られた所を抑えたトラに暴言を吐くニャロメにトラはむっと口をへの字に曲げた。
「そんなの口実に決まってんだろっ!」
「だからなんだよ!口実だったとしても、俺をどうにかする理由なんてねぇだろっ!」
例えば、トラを捕縛して山猫を揺するとしてもボスはあっさりとトラを裏切るしトラだって自分にはそんな価値がない事くらい分かっている。
もし、そうなったとしたら自分で舌を噛んで自死を選ぶくらいの事は出来る。だから、龍崎にはトラを呼び出して拷問したとしても、利点がなにもない。
依頼料をケチったら、ボスが只じゃおかないだろうし、そんなみみっちい事をするような男とも思えない。
「バカ!ヤクザに理由なんてねぇんだよっ!」
どんだけ、龍崎真琴は悪い噂をたてられているのだ。
これじゃあ、本間利雄より評判が酷い。
「ポイされたってしらねぇからなっ!」
ニャロメは頬を膨らませ、フイッと顔を背けて行ってしまった。別に、忠告を無視しようとは思っていない。龍崎真琴が危険なのは、そりゃーヤクザの組長をやるような男なのだから、凡人の思考回路では勤まらない事も多いと思うし、
ミケやニャロメが言うのだから間違いは無いはずだ。彼等の情報網に誤りはほぼない。だとしたら、龍崎真琴の化けの皮の禿げるところはどこなんだろうか。
「うわっ!やべっ!」
時計をみると、時間は三分経っていた。トラは急いで、屋上から降りる事にした。今日は、祝前日ということもあり人が多くいた。屋上から、下を確認する。
風でふわりと舞ったビル名の書かれた横断幕とビルの間に入る。壁の出っ張り等を見つけて、落下の勢いを抑えながら落ちていく。
横断幕は中腹で、終わってしまうので、人混みが途切れたタイミングを見計らって、着地をして待ち合わせているアルタの前に急いだ。新宿駅の西口は、多くの若者達が待ち合わせをしていて、にぎわっていた。トラは、人混みをすり抜けようと必死に歩くが朝の通勤ラッシュとは違い、不規則に人が動き回るため、軌道が読めずに苦戦した。しかも、信号待ちを二回もするハメになり、集合場所へと到着した時には四分はすぎていた。もし、機嫌の悪いボスとの待ち合わせだったら、確実に指の骨を折られるか、生爪を剥がされているところだと、覚悟をしながら集合場所まで行くと、黒いセダンが止まっていた。
トラの存在に気づいたようで、中からドアが開くような気配がした。車の窓ガラスは、すべてマジックミラー中は見えなくなっていた。おそらく、後部座席には龍崎が乗っているのだろうとトラは思った。しかし、開きかけた車のドアをトラは勢い良く抑えた。
そして、ギロッと後ろを振り返った。
瞳孔の開いた灰色の瞳が、トラの後ろに経っていた黒いフードの男を見上げた。
「…だれ?」
トラは、男に銃を突きつけられていた。
薄手のジャケットやTシャツ姿の若者が多い中、彼は黒のロングコートを来ていて、顔が見えなかった。
コートのジャケットに隠れているが、トラの背中には確実に銃が当たっていた。そのまま引き金を引いたら、トラは即死する。心臓の位置を確実に刺していた。
「ごねゴ」
ガラガラで掠れた声だった。
人混みに疲労していたとはいえ、油断していた。
「ハゲワシ…っ?」
トラが、彼の正体を口にすると
彼は銀色に光る鋭利な歯が三日月状に光るのが見えた。
「生憎、こんな人混みでお前と遊べないだろ?」
トラがそう言うと、ぎょろっと黒い瞳がこちらを見る。
「いづ…?今度いづ遊ンでぐれるの…?」
コイツ面倒くさいぞ。トラは思った。
「わかんねぇよ。っていうか、急に俺の背後に立つな。ビックリするだろ。銃もしまえ。非常識だ。TPOをわきまえろ。常識だろ。俺は、頭の悪いヤツとは遊ばねぇんだよ。バカ」
そういうと、ハゲワシは口を歪めた。
「うううぅ…っ」
精神的に打撃を受けたハゲワシに、トラは言った。
「あと、身なりを整えろ。汚い。髪も切れ。歯も磨け。臭い。風呂も入れよ。
俺のボスはプライベートと『そういう変装』以外は、きっちりしろとよく言うぞ。身なりの整っていないヤツは、仕事にも妥協が生まれるし、自分の事も管理が出来ないロクデナシだ。今のお前と遊んだところで、バイキンが写るから、そばに寄るな」
トラが一息でいうと、ハゲワシの手からごとっと地面に銃がこぼれる。
「!?」
さすがに驚いたが、次の瞬間、目の前の大男が大声を上げて泣き出したことにビクッと肩を振るわせた。
「うわぁああぁんっ!!!」
天を仰ぎ、耳を劈くような大声で泣く大男の姿に周囲の人達もギョッとしていた。
「…」
引くわぁ…
と、トラは内心ドン引きだった。
「うわっ!」
すると、車のドアが少し開いてトラの腕を強く引っ張り車の中に引き込んだ。
「出せっ!」
龍崎の清閑な声に、思わず声の方をみる。
「!???」
車は、弾かれたように動きだし新宿の街を走り抜けていった。
運の良い事に、走り出した車は赤信号にあまり捕まらずに新宿を抜けて行った。繁華街を抜けてビル群に差し掛かり四谷方面へとあっという間に車が走り抜けた。
「大丈夫ですか?」
龍崎が、トラの顔を覗き込んでくると、トラの灰色の瞳と交わった。
「ああ…うん、別に何もされてないから…」
銃を突きつけられただけで、特に何も怪我等はしていない。少しだけ切羽詰まった龍崎が、珍しくてじっと見つめてしまう。トラが問題ないと行った時には、安堵と共に肩の力を抜いていた。
「…危ない目にあわせてしまいましたね」
「そう?」
危ない?アレは、悪趣味な誘いだ。
あの場で、何かをしようとしていた訳じゃない事は分かっていた。しかし、あんなにも簡単に背後を取られるとは迂闊だった。
やはり、ハゲワシに充分気をつけた方が良さそうだった。
「彼は…ハゲワシと言っていましたが、詳しく教えてくれませんか?」
龍崎は、心配そうにトラを見つめた。
「ああ…うん、まぁ…その前にさ…」
トラは、龍崎に強引に車の中に引き込まれた。
その際に、龍崎に抱きしめられるような形になり、今もずっと龍崎の足の間に座っている状態で、あまり落ち着かない。しかも、運転手もいる。
「離してくんないかな?」
龍崎に提案すると、『失礼しました』といって強く抱きしめていた腕を放した。身体にふわりと龍崎の香水がついた気がした。トラは、龍崎の隣にちゃんと座りなおした。
「ハゲワシってのは、本間利雄の飼ってる殺し屋だ」
一九〇センチ程度の高身長に、ボロボロのスチールウールのような黒い髪。真っ黒なロングコートを来ていて、常にフードを被っている。
爪や手が真っ黒で、顔はみた事は無いが、時々ぎょろっとした目と三日月上の白い刃が不気味に見える。これが、彼の特徴だ。まず、浮浪者のような汚い身なりに、会いたくないと嫌悪する。次に感情の起伏が幼くて話が通じないところがあり面倒くさいと嫌悪する。だから、だれも彼に近づきたくはないのだ。
「アンタを狙ったんじゃなくて、俺を脅して来いって言われたんだと思う」
「どうしてですか?」
ハゲワシが、龍崎ではなくトラを狙った理由。
「アンタを殺すように言ったのが、本間利雄だったからだよ」
トラへと龍崎真琴を殺すように依頼してきたのは本間利雄だ。
本間利雄は、自らの命を守るために、側にハゲワシを置いているから龍崎を殺すには自分の殺し屋を手放したりはしない。そういう臆病とも、用心深いともいえる所のある男なのだ。その龍崎に山猫は、あっさり買収され、トラは本間利雄を殺す計画へと変更をした。それに対して『俺には、お前を殺せるんだぞ』というトラへの牽制と、依頼が変更された事への憤り更に龍崎への警告が含まれていたのだろう。依頼というのは、そもそも、あまり変更される事は無い。信用問題に発展するからだ。しかし、ボスは、そんなリスクを負ってでも龍崎への依頼を承諾している。これに関しての意味は、果たしてあるのだろうか。
「…そうですか」
龍崎は、視線を落とした。
憂いを含んでいた。まるで、桜の花弁がハラハラと風に舞うような儚さがあった。
「何があったのかはしらねぇし、俺は俺の仕事をするだけだから別に良いけど…」
龍崎は瞳を上げ、トラをみた。
「トラ君…私の護衛をしてくださいませんか?」
「は?」
護衛を任務にするということは…
「すげぇ金かかるよ。あと、ボスの許可も必要だし」
一日数十万円という金が動く。
殺し屋に護衛を依頼するという事は、合法的な護衛とは違う意味を持っている。
「構いません。それで、トラ君を守れるなら」
「逆だろ」
龍崎は、トラの手を握った。
「トラ君が、これ以上危ない人に狙われるのがとても心配なんです」
顔を近づけて、真剣にトラを説得している龍崎だがトラは半ば飽きれた。
「だから、逆だろ」
護衛というのは、龍崎の命をトラが守るという意味で側にいるのであって、トラの危険を龍崎が守るという意味ではない。
「俺が、アンタを守るって意味だろ」
「そうでしたね」
龍崎はニコリと微笑んだ。
「…本当に分かってんの?」
トラは訝った。
「ええ。充分承知してますよ」
「あと、手…離して」
トラは龍崎が握った手を離すように、冷たく言った。
「俺は、仕事でアンタと一緒にいるけど、ほだされるつもりはねぇから」
すると、龍崎は名残惜しげに手を離しながら言った。
「残念です」
トラは聞こえないフリをした。龍崎は微笑んでいた。
ヤクザに、こう何度も微笑まれると、調子が狂う。ヤクザはヤクザらしくしていてくれないと対応に困ってしまう。現に、トラは龍崎の行動のリアクションに困惑している。素っ気ないと思われるほどでも、距離を置いていないと龍崎がヤクザだという事を忘れそうだった。龍崎は、携帯を取り出して、それを耳に当てた。
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