アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
『7』
-
『7』
弟の世話も家のこともある。それなりに勉強もしたいし、学校の友達とも遊んだりする。慌ただしい日々の中に、それでも定期的に確実に、ヒヤさんと会うことは組み込まれている。
東京じゃ、街のポスターやファッションで季節を感じていたのに、ここじゃ自然が四季のうつろいを教えてくれる。知ったのは、意外と秋が長いってこと。残暑と台風でぐちゃぐちゃになって、紅葉は思ってたより遅い。色づいた先から散っていく楓を眺めつつ、俺はまたヒヤさんのそばにいる。
茶室みたいな狭い入り口をくぐって、真四角の和室。丸い障子窓。段違いの棚。くすんだ部屋から見える、鮮やかな赤。なんかお茶のCMに出てきそうな空間だ。吹き込んでくる風が、冷たくなってきた。もう帰らなきゃいけないのかな。いやだな。もっとこうしていたい。
細かい模様の、大胆な色彩の千代紙。折って開いて、重ねて膨らませて。何枚もヘンテコな完成形を量産して、最終的には球体のオブジェにするらしい。写真とかで見たことはあるけど、実物は知らない。ヒヤさんに教えてもらった手順をなぞって、なるべく綺麗に折り目をつけていく。ときどき、彼の手元も窺う。職人みたいな手慣れた仕草。大きくて武骨なその両手は、意外と器用だ。
たぶん、普段の俺なら、つまんないってすぐ投げ出してただろう。だって折り紙なんて、幼稚園以来。それにどっちかっていうと、女の子の遊びだったし。
「……ヒヤさーん」
「うん」
「……………なんか歌って」
声を出さずに、目の前の大人は笑った。
「え、なに。俺変なこと言ってないよ」
「いきなり。歌ってって。なに」
「え、なんか、だって。静かなんだもん」
いいじゃない、風流で。ヒヤさんはそう言うけど、ずっと会話すらないのはきっと、口を動かすのがめんどくさいからだ。
せっかくなので会話を続けてみる。
「歌とか聴かない?」
「………………聴かないなあ。ラジオは聴くけど」
「好きな歌手とかないの」
「ない」
「……こういう系が好きとかさ」
「……うーん。特には」
会話をぶったぎりたいのか、それとも素直に答えてるだけか。流行りの歌手名をあげてみたけど、ヒヤさんはろくに知らないようだった。マジか。俺、ほぼ毎日のように聴くんだけど。
インターネットがあれば、都心じゃなくても新曲はすぐ聴けるのに。
「でもヒヤさん、ピアノ弾けるよね。音楽好きじゃないの?」
「あれは………………人に、ちょっと教わっただけだから。別に」
瞳が一瞬、光をなくす。嫌な思い出なのかな。詳しく聞きたかったけど、やめておこう。
「君は?」
「えー、まあ普通に聴くけど。勉強してるときとか。寝る前とか」
「さっき言ってた人達の歌?」
「うん。流行ってるし」
「そう」
出来上がった個数を数えて、今日はこれで終わりと彼は告げた。今作っているものを完成させたら、もう帰らなきゃいけない時間だ。
さびしい。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
45 / 136