アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
火蓋は切って落とされる
-
携帯で時間を確認した後、またポケットにしまいこむ。
時刻は間もなく午後7時を回ろうとしていた。
一時間ほど前まではひっきりなしにかかってきていた電話も、今ではピタリと鳴き止んでいる。
不在着信。
その数ざっと30件。
もう帰るに帰れない状況に陥っていた俺は、当てもなくただひたすらマンションの回りをぐるぐると歩いていた。
どうしようか。
問題点は2つ。
1つはボスザルがそこにいるという事。
もう1つは荷物を放置した俺に鬼電をしてきた大魔王が俺を今か今かと待ち受けているという事。
特に後者が問題だった。
もしかしたら骨の一つや二つ折られてしまうかも知れない。
間違いなく平手打ちなんかでは済まされないだろう。
この身がどう料理されてしまうのか、考えただけで涙が出た。
悪いのは俺だ。
買った物を放置したのは悪いと思っている。
しかし、その罪に見合った罰が果たして受けられるのかどうか。
主張したいのはそこだった。
はぁ、とため息を吐いてマンションを見上げる。
「…………」
見上げたまま固まる俺に、大魔王はベランダから満面の笑みで軽く手招きをした。
ああ、死ぬんだ、俺。
マンションに入りエレベーターに乗り込む。
もう逃げる気力もなかった俺は、五階までのその道のりの中、心の中で十字架を切った。
ああ、忘れていた。
こっちも大問題なんだった。
玄関を開けると満面の笑みのままの大魔王が仁王立ちしていて、それだけでまず軽く三途の川が見えた。
いきなり消えた理由を腹が痛かったからとかなんとか誤魔化すも、さっきの不審者丸出しの俺では信憑性に欠ける。
そして大魔王は俺に判決を下した。
「ちょっと客いるから、お前を料理すんのは客が帰ってからにしてやるよ。殺す」
そうギラーン、と目を光らせると、ガチガチ震える俺を放置して大魔王はキッチンへと消えた。
その恐怖心ですっかりボスザルの事を忘れていた俺は、靴を脱ごうと足元に視線を落としてまた固まる。
そこには明らかに大魔王や輝彦さんのものではない靴が無造作に脱ぎ捨てられていて、すぐにボスザルのものだと気付いた。
そして視線を上げてまた固まる。
リビングへと続く短い廊下で、ボスザルが壁によりかかりこっちを見ていた。
互いに何も口にしない。
や、俺はしたくても出来ないんですけどね。
ただ黙ってボスザルの言葉を待った。
靴を脱ぎかけるといった変な体勢で。
「言っとくけど、ストーカーじゃねぇぞ」
漸くボスザルが言葉を発するも、意味がよくわからない。
聞き返そうとしたけど、それより早くまたボスザルが口を開いた。
「お前の親戚んちって知ってたわけじゃねぇから。たまたまだ」
「…はぁ」
そんなん説明されなくとも分かってます。
こうなった現場をバッチリ見てたんで。
何でそんな説明をするのか、最初はわからなかった。
けど、更に続いたその言葉でやっと理解した。
「もうお前に近付くつもりはなかった。帰るから」
どけ、と言われてまた胸が痛み出す。
何だろう、やっぱりよくわからない。
だけど苦しい。
痛い。
この人に、帰って欲しくない。
そう思う自分がいるという事実に、俺はパニックを起こした。
おかしい、俺は何を考えてるんだろうか。
さっさと帰ってもらえばいいじゃないか。
関わりたくないってあんなに望んでたじゃないか。
武藤祐介、お前は一体どうしてしまったんだ。
「何だよ」
緩く首を左右に振る俺を見て、ボスザルの顔が険しく歪められていく。
それにも臆さず俺は言った。
蚊の泣くような小さな声で。
「…ここにいて下さい」
長い夜の幕開けだった。
→
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
30 / 301