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最低な取引①
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それはまるで、軍隊のようだった。
ザッザッ、と音をあげ、風を切り、ボスザルを先頭にその集団が歩いていく様を、俺はバカみたいに口を開けながらぼーっと眺めていた。
屋上へと急いだつい先程。
辿り着いたそこには誰もいなくて、おかしいなと教室に戻る途中だった。
耳に届いた聞き覚えのあるその大きな声に慌てるようにダッシュすれば、そこには屋上にいるはずのメンバーが数を成して歩いていて。
その尋常じゃない雰囲気に、周りの誰もが無言で道を開け、その姿を見送っていた。
尋常じゃない、空気。
「お前、なめこ舐めんなよ」
「舐めねーよ。あんなぬるぬるしたもん、気持ちわりぃ」
「ばっか、お前な、よく考えてみ。なめこ。一文字間違えたらとんでもなく卑猥な単語に大変身だ」
「確かに」
「そんな危うい名前のきのこ、なめこだけだぞ。だから舐めんなって」
「だから舐めてねぇって」
「例えばだ。会社の宴会。若い女子もいる。部長がうっかりなめこ汁下さいっつー注文を一文字間違えたらはいどうなるナツさん」
「これ以上ないセクハラになります」
「正解。最悪クビ、そして世間から干されます」
「こえー…」
「な?な?だからなめこ舐めんなよ。舐めたら世間から干されんだよ」
「すっげーなめこ…。そんなに危ないヤツだったとは…」
「俺明日からスーパーでなめこみたら敬礼するわ」
「俺も」
「……………」
だ、台無しだ…。
まるで映画のワンシーンのようなその貫禄ある風情も、なめこのせいで台無しじゃないか疫病神め。
団体が通り過ぎた廊下の上、俺は呆れるように溜め息をこぼした。
その時、道を譲っていた人達の囁くような声が聞こえ、俺は聞き取ろうと必死で耳をそばだてた。
「おい、アッチって三年の校舎じゃね?」
「もしかして、石塚んとこか」
「マジで?」
マジで?
まさかもう潰しに行くのか。
疫病神も昼休みいなかったのに、いたって事は多分呼び出されたとかなんかで、だからきっと、そうなんだろうと、俺は息を飲んだ。
ボスザルは本気であのふざけた要求をのむつもりなんだ。
だとすれば既に、ボスザルのグループは一年の下についてる状態になってるわけで。
あのボスザルが、無条件で誰かに従うなんて有り得ないと思ってた。
や、本来なら有り得なかったはずなんだ。
それを多分、動かしてしまった。
「俺が…」
こんなシケた何の取り柄もない平凡な一人の男が、力もあり、周りから崇拝されてるような男を―…
「何だよ、何が書いてあったんだ…」
知らずに握られた拳。
それを、思いっきり壁に叩きつける。
そしてうずくまって泣いた。
痛すぎて。
「あれ、ちびっこ」
「お、祐介じゃん」
「お前さ、今どこいんの?あれからまた遊びに行ったら親父に家追い出したって怒鳴られたんだけど」
屋上で、俺は一人皆が戻ってくるのを待っていた。
授業もサボり、流れる雲を眺める事半時間。
扉が開く音がし、寝転んでいた俺は慌て起き上がると、直立したままボスザル達を迎えた。
まさかボスザル軍団のテリトリーで一人優雅に時間を過ごす事ができるなんてな、夢のようだ。
それもたった今、幕を下ろしたけど。
「や、あの…まぁ、色々あって」
お前ら疫病神のせいだよバーカ!!
とは言えず、言葉を濁した。
それに対してボスザルが何故か食い付いてくる。
「ゴンタ、お前いつ祐介んち行ったんだ」
「ん、土曜日。ナツと」
わらわらと軍団が集まるその中で、段々居心地が悪くなってきた俺は無意識に下を向いたままになる。
その頭上でやりとりを交わすボスザルとゴンタさんに、俺は更に小さくなった。
「だからか。祐介がお前を知ってたのは」
一人納得をするボスザルに、ゴンタさんが何が何がと首を傾げる。
それから俺の頭に手を乗せると、ボスザルはぼそりと、言葉を漏らした。
「昨日キツイ言い方して、悪かったよ」
「え…」
頭に手を乗せたまま、俺は反射的にボスザルの顔に目を向けた。
「単なるヤキモチってヤツだ」
「やき、もち…」
え、誰が?
誰がヤキモチ?
言われた事をよく理解できないまま、ボスザルの言葉は更に続く。
「もしかして、コイツらのせいで家追い出されたのか」
「え、あ、別にそんなわけじゃ…」
「迷惑かけてたんだな、知らなかった。詫びるよ」
「や、大丈夫です、はい、全然…」
乗せられた手に、軽く力が込められるのを感じた。
俺を見るボスザルの目は、獰猛なライオンなんて微塵も感じさせないくらい優しくて。
たまらずに、俺はふいっと目をそらせた。
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