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「誰もいねぇよ」
「………」
「久しぶりだな」
「………」
今声を出したら、涙が出そうだった。
ぐっと唇を噛み締め、スッと立ち上がる。
そのままボスザルに背を向け、スタスタと歩き出した後にダッシュした。
駄目だ、中途半端に会ったら駄目だ!!
別れ際に絶対泣く、また離れたくないとか我が侭言っちゃうかも知れない。
本当はもっと言葉を交わしたかった。
だけど多分長くは話していられない。
ずっと会えない時間からくる俺の限界を、無駄に中途半端に刺激して欲しくなかった。
だから逃げた。
そしたら追われた。
追いつかれるって分かってるけど必死で走って、走って、こけそうになって走って、また走った。
なるべく人気のない場所を選びながら走ってたら、離れの校舎にあるトイレの個室に辿り着いた。
「はぁっ、…」
「何で逃げんだ」
狭い個室に密着して入りながら、ボスザルはただ首を横にふる俺に低い声で詰め寄った。
「祐介、何で逃げんだって。言えよ」
「ちが…っ、にげ、」
モヤシが全力失踪したらこうなる。
乱れた呼吸が、発言しようとする俺の邪魔をする。
少し待ってください、との意味を込めて、俺はマテの合図をするように手の平をボスザルに向けて見せた。
「もういいか」
「は、はい、すみません…」
落ち着いた事を確認すると、ボスザルはゆっくりと俺に顔を近づけて、そして、俺の髪にその鼻を埋めた。
「何で逃げる。地味に傷ついた」
「ああああのっ、ごめんなさい!!その、別に…っ、」
「キス、してもいいか」
ボンっ、と顔から煙が出たような気がした。
「あああのでも、誰かに見られたマズイんじゃないんですかあの、だからっ…」
「嘘、しねぇよ」
「……はい」
しない、と言われて、何故かガッカリする自分に俺はまた顔が赤くなるのを感じた。
き、キスして欲しいとか、俺はなんてエッチな事を…っ!!
「ウソ」
え、と、顔を上げた瞬間口に何かを感じた。
突然の出来事に、俺の目は開きっぱなし。
間近で見るボスザルの長い睫に、俺の頭がグラグラと回り始めた。
久しぶりに感じるボスザルの唇。
そこから匂うタバコの香り。
俺の顔を両手で包み込むようにしながら、ボスザルは何度か角度を変えて俺に口付けた。
ちゅ、っと、微かな音を立て、ボスザルの口が俺の口から離れていく。
ぼうっと、熱に浮かされたように焦点の定まらない視界のまま、目の前で優しく笑みを作る男に俺は夢中になった。
「寂しかった、とか言うなよ」
抱きつく俺に、ボスザルが言う。
「祐介」
「………」
その胸に顔を摺り寄せて、目を閉じた。
会いたかった。
会いたかったんだ。
会って、こうしたかった。
その存在を、自分の肌で感じたかった。
黙る俺に、ボスザルはもう何も言葉をかけてこなかった。
二人、トイレの個室で無言のまま抱き締め合う。
と、俺は思い出したように声にした。
「けんちゃん…」
「は」
「加藤が、けんちゃんって…」
「加藤って、千波の事か。けんちゃんなんて呼ぶのアイツだけだしな、千波だろ」
「俺は、先輩なのに…」
「ボスザルだろ」
「………」
「何だよ、呼べばいいだろお前も」
「…………いい」
呼べるわけないじゃないか。
羞恥で死ぬ。
「お前が気に入らねーなら、千波にはもうけんちゃんとか呼ばせねぇけど」
ボスザルのその言葉に、俺はふるふると首を横に振った。
別に、そんな事を言ってるわけじゃない。
ただ、加藤が羨ましいだけ。
素直に、親しげにボスザルの事をけんちゃんなんて呼べる加藤が、凄く羨ましいだけなんだ。
摺り寄せたほっぺを、更にぎゅっと胸に押し当てる。
「なら、お前は拳聖って呼べばいいだろ」
「みんな呼んでる…」
俺は、特別な呼び方がしたいんだ。
もちろんそれはボスザルなんかじゃなくて。
「ケン」
「けん…?」
「誰もケンとは呼ばねぇし、呼ばれた事もない」
まだ、誰も?
「けん…」
「別に呼び方なんてどうでもいいだろ。誰がどんなに俺を親しく呼び捨てても、俺はお前のモンだ」
「けん…」
いいかも、知れない。
「おい、聞いてんのか」
「え?あ、ごめんなさい…」
けん、という呼び名で頭が満たされていた俺は、その後に続いたボスザルの台詞を聞き逃してしまった。
「聞いてなかったな、別にいいけど」
「ごめんなさい…」
「そろそろ出るか」
ああ、ほらな。
だから嫌だったんだ、会いたくなかった。
出るか、と言われて、また孤独な生活を思い涙が滲んだ。
回していた腕に、力を込める。
そんな俺を見て、ボスザルも同じように強く俺を抱き締めた後、ポケットから何かを取り出し、俺の目の前まで持ってきた。
「アドレス」
「え…?」
小さな紙切れ。
そして呟かれた言葉に、俺は体を離してその紙を手に取った。
「携帯のメールアドレス。お前しか知らない。なくすなよ、なくすなら登録してからなくせ」
「…でも」
接触は完全に絶つはずじゃ…。
そう思いながらも、俺はしっかりと紙を手に持って。
「メールくらいならいい。最初からこうしとけばよかったな」
そしたら泣かせる程我慢させなくて済んだのかも知れない、と、ボスザルはまた軽く俺に口を寄せた。
「お前からメールしてこい。アドレス登録するから」
「…はい」
「期待してる」
「え、何を…」
「最初のメール、何て打ってくんのか。祐介です、とか、おはようとか挨拶なしな」
「………」
「じゃ、行くわ」
そして最後にまた俺に口を寄せると、今度は一瞬だけ深く舌を差し込んで、ボスザルは姿を消した。
な、なんて事を…っ!!
舌の感触が生生しく残る口を手で押さえながら、俺は渡された小さな紙をぎゅっと胸の前で握り締めた。
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